私は脳梗塞で倒れた。
そして下半身がマヒした。
もういいか……とあきらめた。
友達達は私のカムバックを望んだ。
私には果たしてできるだろうか……私には疑問である???
妻も私のカムバックを望んでる。
然し私の失意の底にある時私の生きがいになるならと言って「マンチカンとスコテッシュホールド」の子猫を買ってくれた。
だがカムバックするには子猫たちが邪魔である。
これは大変な事である……別れるのは辛い。
子猫たちには私の苦しみが解らない。
猫には罪はない。しかし私にはどうする事もできない。
猫には罪はない。第一爪を研ぐのは当たり前の事だ、キャンバスに爪を立てるのは当然の行為だ。
画材の絵の具をかじるのも分かっている。
私は彼らと別れるのは辛い。どうすれば良いのか
が しかしまだ生かされている。私はまだ迷っている。
私は辛い決断を迫られている。
何かまだやりたい事があるのだろうか…
私は迷っている。今までやってきた事でもう良いのではないのか???
そして下半身がマヒした。
もういいか……とあきらめた。
友達達は私のカムバックを望んだ。
私には果たしてできるだろうか……私には疑問である???
妻も私のカムバックを望んでる。
然し私の失意の底にある時私の生きがいになるならと言って「マンチカンとスコテッシュホールド」の子猫を買ってくれた。
だがカムバックするには子猫たちが邪魔である。
これは大変な事である……別れるのは辛い。
子猫たちには私の苦しみが解らない。
猫には罪はない。しかし私にはどうする事もできない。
猫には罪はない。第一爪を研ぐのは当たり前の事だ、キャンバスに爪を立てるのは当然の行為だ。
画材の絵の具をかじるのも分かっている。
私は彼らと別れるのは辛い。どうすれば良いのか
が しかしまだ生かされている。私はまだ迷っている。
私は辛い決断を迫られている。
何かまだやりたい事があるのだろうか…
私は迷っている。今までやってきた事でもう良いのではないのか???
| 21:07
「黎明、初恋」 ー寒椿ー
「こらっ!又やってきたな!」「だって父上あいつ早苗ちゃんの髪の毛引っ張ったんだもん」「そうか、それは駄目だな、女の子を苛めてはな」「でしょう、あいつは何時も早苗ちゃんに悪戯して笑ってるんだ、父上からも叱ってやってよ」
源太郎は口を尖らせてそう言った。
一方『あいつ』事 良一郎の家では「あいつは早苗ちゃんとばかり口を聞いて俺と話をしてくれなくなったんだもん」「だからと言って早苗ちゃんを苛めて良いと云う事にはならん」と叱られていた。
「お前は幾つになった まだ十歳だろう、源太郎は十三歳、もう女の子に興味を持つ年頃なんだ」「当分は辛抱しろ、そのうち又お前と話をする様になる」「俺も早苗ちゃんは好きだ、だから振り向いてくれない早苗ちゃんにも腹が立ったんだ、父上あいつに注意してよ」
それを黙って聞いていた母親 美雪は笑いをこらえるのに必死だった。
兄弟同様に育った二人が 一人の女の子を巡って幼い恋の鞘当をしてる。
「私にもあんな時代が欲しかったなー」と思いながら 源太郎と組み合った傷の手当てをしてやっていた。
又 源太郎の家でも お涼が「良ちゃんの傷は大丈夫?」と聞きながら源太郎の手当てをしていたのだ。
仲が良い癖に会えばすぐ取っ組み合いを始める。
兎に角二人とも向こうっ気が強い。
一日会わないともう心配する。
「父上あいつ病気にでもなったのかなー」「ちょっと様子を見て来るよ」と家を飛び出して行く。
久しぶりに剣術師範の武智龍之介がやって来た。
例の如く 碁を打ちながら二人の話に及んだ。
「源太郎はまあ年相応の普通の力だが、良一郎は非凡なものを感じる、が気性が激しいのが気になるのう」「良庵殿のお子とは思えぬ」と・・・
「いや私も子供の頃はあんなものだったから心配する事も無かろう」
「この間もよ、一度参ったと言わせてやろうと思って強かに打ち据えたところ、竹刀を投げつけ その隙に太股に噛み付きおった」「それこれが傷跡だ」
成る程、太股に歯型がくっきりと付いていた。
良庵は笑いながら「それは災難だったのう」「で 少し治療でもしてゆくか?」
「いや、そんな必要は無いがもう少しおとなしくならんものかなー」「他の子供たちの生傷が絶えん」
良庵は考えた。
「大人の組に入れて徹底的にしごいてくれよ」「あいつはやられる事がクスリじゃて」
そこへ良一郎が泥だらけで帰ってきた。
「おい、良一郎明日から若者組で稽古じゃ」師範龍之介が声をかけた。
「先生、源太郎も一緒か?」「いやお前だけだ」「なら嫌じゃ、源太郎も一緒でなければ嫌じゃ」
龍之介は仕方なく両名とも若者組に入れる事にしたが・・・
翌日若者頭に「源太郎には手加減してやる様に、良一郎は手加減無用」と命じたのであった。
だが二三日は二人は若者組の竹刀の鋭さ、力の強さに戸惑った。
が 良一郎はすぐ慣れて小さな身体で鋭い動きを見せる様になっていった。
ある日、若者の一人が良一郎の胴を払った、途端その身体が一瞬消えたのだ。
「面!」鋭い声と共に若者の額に見事良一郎の竹刀が唸りをあげて飛び込んだのである。
払った胴の遥か上まで飛び上がり面を取ったのであった。
流石の師範も驚いた。
そして御前試合の良庵の太刀筋を思い出したのである。
「この子はどれだけ強くなるのか」楽しみが沸いてきた。
だがその一本が若者組の闘志に火をつけた事は確かであった。
毎日徹底的にしごかれる。
だが道場を出るともう何事も無かった様に走り回る。
鼻の頭に膏薬を貼り手足は痣だらけ、これでは早苗も余計嫌がるに決まっている。
源太郎は得意満面、早苗と話をしてる、それが又面白くない。
又二人は取っ組み合いを始める。
しかし ある日源太郎が早苗と話をしている時、普請奉行の息子が二人に因縁をつけたのだ。
二人に対する嫉妬(ジェラシー)からである。
すると後ろから付いて来ていた良一郎が 猛然と飛び掛っていったのである。
二人を守る為五歳も年上の男と取っ組み合いを始めてしまった。
何時もの傷とは違うのに気付いた良庵は、手当てをしながら事の顛末を聞こうとした所へお涼がやってきた。
何でも普請奉行の息子が骨折したと言うのである。
早速美雪が菓子折りを持って詫びを入れに出向いたのだった。
事の顛末を聞いた良庵は息子を叱る事が出来なかった。
親友の危機を救った良一郎がいとおしくて溜まらなかった。
普請奉行の息子の治療は仁斎が行ったのであるが、仁斎も又早苗を守れなかった息子に「女を守れない男がわしの息子だとは恥ずかしい」と嘆いていたのである。
後日、奉行と良庵が顔を合わせる機会があった時「良庵殿、だらしの無い息子を許してくれ」と頭を下げられたのに対し「いえ、私の息子のせいでご無礼を仕った」と・・・
「お互い子供の事では頭が痛いですなー」と笑い合ったのである。
その後早苗の心は源太郎と良一郎の間で揺れ動くのであった。
「源太郎さんは優しいし良一郎さんは勇気があるし・・・二人とも仲良しだし、どっちがいいかな?」
だが早苗にはまだ両家の格式とか 世の中が判っていなかった。
早苗の父親は『大工の棟梁』長屋住まいの町人なのだ。
現代の様に好きなら一緒になればよい、と云う時代ではなかったのである。
源太郎には姉が二人居た、良一郎にも妹が一人 だがどちらも長男である事には代わりはない。
家の跡を継がねばならない身である。
だが知ってか知らずか二人の恋の鞘当は続くのであった。
だがこうした時代にも抜け道はあった。
何処かの武家の家の養女にでもなってそこからお嫁に行く と云う手も有るにはあったのだが・・・
それには余程の信用もないと出来ない事だった。
この十年の間に藩政改革は随分行われた。
良庵の所では養生所(今で云う入院設備)も作られた。
藩からの扶持(予算)も貰い金の無い者でも 養生所で療養出来る様になっていた。
若い医師も三人働いている、他にも手伝いをする女性も四人、大所帯になった。
又仁斎は無役ながら家老のご意見番として登用され 御殿医と兼任して藩政に貢献してたのである。
川の曲りくねった所には貯水池を作り 川筋を出来るだけ真っ直ぐにして氾濫を防ぎ 被害を最小限にとどめる事業も普請奉行に指示して行わせた。
加賀藩には美味しい菓子が一杯ある。
それを商家を通じ全国に広め、売らせる方法も取った。
そうした改革は目には見えなくとも確実に藩の財政を豊かにしたのである。
その良き助言者(アドバイザー)は他ならぬ良庵であったが・・・
源太郎と良一郎は例の如く朝早くから早苗の顔見たさに いそいそと長屋に向かった。
源太郎の手には花束が、良一郎の手には小太刀が、如何にも良一郎らしい発想であった。
それから三年後、源太郎は元服の儀式を迎えた。
仁斎は長崎で医術の修行をさせようと思ったが 藩公は「今度の参勤交代の後でもよかろう、一度江戸の地でも見てそれからにせい」と仁斎に命じたのである。
藩公は日頃の源太郎の勉学振りを聞き知って『いずれこの藩を背負って立つ男』と見込んでいたのだった。
仁斎は「広い世界を見るのも又役に立つかも」と有難くお受けしたのであった。
良一郎はちょっぴり羨ましかったが「これで早苗と二人だけで話が出来る」と大喜びしたのである。
だが何時も源太郎と張り合っていた時とは何かが違っていた。
あれ程夢中になっていた早苗に対する情熱が消えていったのだった。
やはりライバルが居ないと燃えるものが無いのか。
でも何となく気になる存在では有ったのではあるが・・・
次第にそれは早苗にも伝わるものがあった。
そして身分の違いで結ばれる間柄では無い事も・・・
そんな時、早苗の前に雑貨屋の息子、仙造が現れたのである。
不思議と良一郎は嫉妬心が沸いて来なかった。
「本当は良一郎さんも源太郎さんも大好きよ、でもどんなに頑張っても一緒にはなれないもんね」「仙造さんについて行くわ」
良一郎は仙造に「絶対大事にしてやれよ」と言ったのであった。
こうして良一郎の初恋は終わったのである。
「黎明、それぞれの旅立ち」 ー寒椿ー
良一郎も元服し 毎日父親の指導で医術を学ぶ傍ら道場で汗を流していた。
今では立派な若侍となっていたのだった。
ある日「父上は本当に強いの? 庭先で木刀を振ってるだけで誰とも手合わせした所を見た事がないけど」笑って良庵は「強くは無いさ」「皆がそう思っているだけだ」
良一郎は今では道場を代表する程の強さになっていた。
若者組から青年組に入っても、際立って強さを発揮していたのだ。
師範は「この子はもっと大きな所で修行した方が良いのではないか・・・江戸には多くの剣客が居る、そんな所で揉まれたら良いのでは・・・」と考えていたが「良庵は許さないだろう、何しろ医師の長男だからなー」とその才能を惜しんだ。
実は良庵も悩んでいたのである。
良一郎は医師より違う道があるのではないのか、もう少し自由にさせて置いてやれば本人が何かを見つけるだろう」と・・・
考えた末、良庵は良一郎を庭先に呼び「父と思わず打ち込んで参れ」と言ったのである。
「よし、父上の本当の力を見せて貰おう」と思いっきり打ち込んで行った。
だが何度打ち込んでもそこに父の姿はいない。
わずか数寸のところで交わされてしまう。
「こんな筈ではない、どうしてだ?」「まだまだ甘いのう、俺の眼を見ろ」「つま先の動きを見ろ」「剣を見るな」
良一郎は父の強さをまざまざと見せられた。
翌日、父の教えを肝に銘じ朋輩と手合わせをしてみた。
すると どうであろう・・・相手の動きがよく見える。
相手の動きが面白い様に読めるのだ。
その後の良一郎は見違える程 長足の進歩を遂げたのだった。
龍之介は言った「良庵殿、良一郎を娘の婿にくれんかのう」
「それは当人同士が好き合えばの事でしょう、まだ私も娘御を見た事もないから一度遊びに来られたら如何かな」
そして親の思惑など知らず 良一郎は娘百合と引き合わせられたのであった。
良一郎は「何だ、あの赤毛は」とまるで興味を示さなかった。
一緒の道場で顔を合わせてはいるものの まるで眼中に無かったのである。
成る程髪の色が幾分栗毛がかっている、だが人懐きそうな可愛い顔をしていた。
そして気立ての良さそうな娘である。
「まあ、付き合って行くうちにいろいろ良い所も悪い所も解ってくるだろう」良庵は好感を持ったが 何分本人が気に入らなければ仕方が無い。
そうこうしてるうちに源太郎が帰ってきた。
早苗の事を聞いて肩を落としていたが すぐ百合にちょっかいを出す様になったのである。
そうなると良一郎も黙っていない。
又々喧嘩の始まりである。
美雪は面白くて堪らない、お涼と話し合って大笑いをするのであった。
何故仲の良い二人が 何時も一人の女を巡って喧嘩するのか、意味が判らない。
女の子は幾らでも居るのに・・・・
だが今度は源太郎に分が悪い。
「源ちゃん可哀想だね」美雪が言うと「何故だ 母上は源太郎の味方か?」と・・・
「良一郎はあの子が気に入らなかったんじゃないの?」「いや、今は好きじゃ」「誰が源の野郎に取られて堪るか」と、こうである。
龍之介も良庵もこの恋の鞘当に大笑いした。
「この縁談受けてくれんかのう」「まだ判らんぞ、もし源太郎が本気だったらどうする?」
龍之介は「いずれ藩の指南役をする事になろう、源太郎ではどうもなー」
「おいおい、未だそうと決めて貰っては困る、こちらも跡取りだからのう」
「うーん・・・」父親二人が頭を痛めている事など彼らにはどうでも良い事、結構仲良くやっていた。
まだ良庵が若く藤堂新九郎と名乗っていた頃、三代将軍家光公の前での御前試合・・・柳生の剣客と昼から日没まで闘った事がある。
だが決着が付かず『勝負預り』となったのだ。
小藩ながら西国に藤堂新九郎在り、と存在を示したのであった。
その血脈は良一郎に確実に受け継がれている。
良庵は遠く若い頃を思い出していた。
良一郎の将来どう生きれば一番好いのか・・・親として何をしてやれるのか?
良庵は悩んだ。
妹に婿でも取らせるか、そして良一郎には自分の好きな道を歩かせてやるか・・・?
その気持ちは龍之介も良く解っていた。
それだけに良一郎の行く末に責任も感じていたのだった。
どうやら良一郎と百合は巧く行っている様である。
源太郎の出現で状況は一変したのだった。
時の氏神とはこんな事も云うのかもしれない。
だが源太郎は面白くない。
「ふん、江戸の女の方が可愛いわい、俺は江戸の女を女房にしてみせるわい」
精一杯の強がりを言って彼は百合の前から去って行った。
今度は良一郎が淋しくなった、友の悲しみは自分の悲しみでもあったのだ。
でも以前とは違い百合を本当に愛し始めて居た。
幼い頃から小太刀を使い、道場狭しと暴れ廻っていた百合にも源太郎の太刀さばきは物足りなく、頼り甲斐の無い男に思えていた。
だから幾ら源太郎が好意を持ってもそれは無理と云うものである。
唯 相手を傷つけまいと思って口には出さなかっただけの事であった。
源太郎は何と無く感じていたがそれを聞くのも又怖かったのである。
だから精一杯の強がりを演じていたのであった。
百合も又良一郎の親友なればこそ気を使っていたのだった。
程無くして源太郎は医術修行の為長崎に旅立って行った。
街道のはずれまで来た時 後ろから大声で叫ぶ声が聞こえた。
「いい嫁さん探して来いよー」
丘の上の大木の上から良一郎が手を振っていた。
「こらっ!又やってきたな!」「だって父上あいつ早苗ちゃんの髪の毛引っ張ったんだもん」「そうか、それは駄目だな、女の子を苛めてはな」「でしょう、あいつは何時も早苗ちゃんに悪戯して笑ってるんだ、父上からも叱ってやってよ」
源太郎は口を尖らせてそう言った。
一方『あいつ』事 良一郎の家では「あいつは早苗ちゃんとばかり口を聞いて俺と話をしてくれなくなったんだもん」「だからと言って早苗ちゃんを苛めて良いと云う事にはならん」と叱られていた。
「お前は幾つになった まだ十歳だろう、源太郎は十三歳、もう女の子に興味を持つ年頃なんだ」「当分は辛抱しろ、そのうち又お前と話をする様になる」「俺も早苗ちゃんは好きだ、だから振り向いてくれない早苗ちゃんにも腹が立ったんだ、父上あいつに注意してよ」
それを黙って聞いていた母親 美雪は笑いをこらえるのに必死だった。
兄弟同様に育った二人が 一人の女の子を巡って幼い恋の鞘当をしてる。
「私にもあんな時代が欲しかったなー」と思いながら 源太郎と組み合った傷の手当てをしてやっていた。
又 源太郎の家でも お涼が「良ちゃんの傷は大丈夫?」と聞きながら源太郎の手当てをしていたのだ。
仲が良い癖に会えばすぐ取っ組み合いを始める。
兎に角二人とも向こうっ気が強い。
一日会わないともう心配する。
「父上あいつ病気にでもなったのかなー」「ちょっと様子を見て来るよ」と家を飛び出して行く。
久しぶりに剣術師範の武智龍之介がやって来た。
例の如く 碁を打ちながら二人の話に及んだ。
「源太郎はまあ年相応の普通の力だが、良一郎は非凡なものを感じる、が気性が激しいのが気になるのう」「良庵殿のお子とは思えぬ」と・・・
「いや私も子供の頃はあんなものだったから心配する事も無かろう」
「この間もよ、一度参ったと言わせてやろうと思って強かに打ち据えたところ、竹刀を投げつけ その隙に太股に噛み付きおった」「それこれが傷跡だ」
成る程、太股に歯型がくっきりと付いていた。
良庵は笑いながら「それは災難だったのう」「で 少し治療でもしてゆくか?」
「いや、そんな必要は無いがもう少しおとなしくならんものかなー」「他の子供たちの生傷が絶えん」
良庵は考えた。
「大人の組に入れて徹底的にしごいてくれよ」「あいつはやられる事がクスリじゃて」
そこへ良一郎が泥だらけで帰ってきた。
「おい、良一郎明日から若者組で稽古じゃ」師範龍之介が声をかけた。
「先生、源太郎も一緒か?」「いやお前だけだ」「なら嫌じゃ、源太郎も一緒でなければ嫌じゃ」
龍之介は仕方なく両名とも若者組に入れる事にしたが・・・
翌日若者頭に「源太郎には手加減してやる様に、良一郎は手加減無用」と命じたのであった。
だが二三日は二人は若者組の竹刀の鋭さ、力の強さに戸惑った。
が 良一郎はすぐ慣れて小さな身体で鋭い動きを見せる様になっていった。
ある日、若者の一人が良一郎の胴を払った、途端その身体が一瞬消えたのだ。
「面!」鋭い声と共に若者の額に見事良一郎の竹刀が唸りをあげて飛び込んだのである。
払った胴の遥か上まで飛び上がり面を取ったのであった。
流石の師範も驚いた。
そして御前試合の良庵の太刀筋を思い出したのである。
「この子はどれだけ強くなるのか」楽しみが沸いてきた。
だがその一本が若者組の闘志に火をつけた事は確かであった。
毎日徹底的にしごかれる。
だが道場を出るともう何事も無かった様に走り回る。
鼻の頭に膏薬を貼り手足は痣だらけ、これでは早苗も余計嫌がるに決まっている。
源太郎は得意満面、早苗と話をしてる、それが又面白くない。
又二人は取っ組み合いを始める。
しかし ある日源太郎が早苗と話をしている時、普請奉行の息子が二人に因縁をつけたのだ。
二人に対する嫉妬(ジェラシー)からである。
すると後ろから付いて来ていた良一郎が 猛然と飛び掛っていったのである。
二人を守る為五歳も年上の男と取っ組み合いを始めてしまった。
何時もの傷とは違うのに気付いた良庵は、手当てをしながら事の顛末を聞こうとした所へお涼がやってきた。
何でも普請奉行の息子が骨折したと言うのである。
早速美雪が菓子折りを持って詫びを入れに出向いたのだった。
事の顛末を聞いた良庵は息子を叱る事が出来なかった。
親友の危機を救った良一郎がいとおしくて溜まらなかった。
普請奉行の息子の治療は仁斎が行ったのであるが、仁斎も又早苗を守れなかった息子に「女を守れない男がわしの息子だとは恥ずかしい」と嘆いていたのである。
後日、奉行と良庵が顔を合わせる機会があった時「良庵殿、だらしの無い息子を許してくれ」と頭を下げられたのに対し「いえ、私の息子のせいでご無礼を仕った」と・・・
「お互い子供の事では頭が痛いですなー」と笑い合ったのである。
その後早苗の心は源太郎と良一郎の間で揺れ動くのであった。
「源太郎さんは優しいし良一郎さんは勇気があるし・・・二人とも仲良しだし、どっちがいいかな?」
だが早苗にはまだ両家の格式とか 世の中が判っていなかった。
早苗の父親は『大工の棟梁』長屋住まいの町人なのだ。
現代の様に好きなら一緒になればよい、と云う時代ではなかったのである。
源太郎には姉が二人居た、良一郎にも妹が一人 だがどちらも長男である事には代わりはない。
家の跡を継がねばならない身である。
だが知ってか知らずか二人の恋の鞘当は続くのであった。
だがこうした時代にも抜け道はあった。
何処かの武家の家の養女にでもなってそこからお嫁に行く と云う手も有るにはあったのだが・・・
それには余程の信用もないと出来ない事だった。
この十年の間に藩政改革は随分行われた。
良庵の所では養生所(今で云う入院設備)も作られた。
藩からの扶持(予算)も貰い金の無い者でも 養生所で療養出来る様になっていた。
若い医師も三人働いている、他にも手伝いをする女性も四人、大所帯になった。
又仁斎は無役ながら家老のご意見番として登用され 御殿医と兼任して藩政に貢献してたのである。
川の曲りくねった所には貯水池を作り 川筋を出来るだけ真っ直ぐにして氾濫を防ぎ 被害を最小限にとどめる事業も普請奉行に指示して行わせた。
加賀藩には美味しい菓子が一杯ある。
それを商家を通じ全国に広め、売らせる方法も取った。
そうした改革は目には見えなくとも確実に藩の財政を豊かにしたのである。
その良き助言者(アドバイザー)は他ならぬ良庵であったが・・・
源太郎と良一郎は例の如く朝早くから早苗の顔見たさに いそいそと長屋に向かった。
源太郎の手には花束が、良一郎の手には小太刀が、如何にも良一郎らしい発想であった。
それから三年後、源太郎は元服の儀式を迎えた。
仁斎は長崎で医術の修行をさせようと思ったが 藩公は「今度の参勤交代の後でもよかろう、一度江戸の地でも見てそれからにせい」と仁斎に命じたのである。
藩公は日頃の源太郎の勉学振りを聞き知って『いずれこの藩を背負って立つ男』と見込んでいたのだった。
仁斎は「広い世界を見るのも又役に立つかも」と有難くお受けしたのであった。
良一郎はちょっぴり羨ましかったが「これで早苗と二人だけで話が出来る」と大喜びしたのである。
だが何時も源太郎と張り合っていた時とは何かが違っていた。
あれ程夢中になっていた早苗に対する情熱が消えていったのだった。
やはりライバルが居ないと燃えるものが無いのか。
でも何となく気になる存在では有ったのではあるが・・・
次第にそれは早苗にも伝わるものがあった。
そして身分の違いで結ばれる間柄では無い事も・・・
そんな時、早苗の前に雑貨屋の息子、仙造が現れたのである。
不思議と良一郎は嫉妬心が沸いて来なかった。
「本当は良一郎さんも源太郎さんも大好きよ、でもどんなに頑張っても一緒にはなれないもんね」「仙造さんについて行くわ」
良一郎は仙造に「絶対大事にしてやれよ」と言ったのであった。
こうして良一郎の初恋は終わったのである。
「黎明、それぞれの旅立ち」 ー寒椿ー
良一郎も元服し 毎日父親の指導で医術を学ぶ傍ら道場で汗を流していた。
今では立派な若侍となっていたのだった。
ある日「父上は本当に強いの? 庭先で木刀を振ってるだけで誰とも手合わせした所を見た事がないけど」笑って良庵は「強くは無いさ」「皆がそう思っているだけだ」
良一郎は今では道場を代表する程の強さになっていた。
若者組から青年組に入っても、際立って強さを発揮していたのだ。
師範は「この子はもっと大きな所で修行した方が良いのではないか・・・江戸には多くの剣客が居る、そんな所で揉まれたら良いのでは・・・」と考えていたが「良庵は許さないだろう、何しろ医師の長男だからなー」とその才能を惜しんだ。
実は良庵も悩んでいたのである。
良一郎は医師より違う道があるのではないのか、もう少し自由にさせて置いてやれば本人が何かを見つけるだろう」と・・・
考えた末、良庵は良一郎を庭先に呼び「父と思わず打ち込んで参れ」と言ったのである。
「よし、父上の本当の力を見せて貰おう」と思いっきり打ち込んで行った。
だが何度打ち込んでもそこに父の姿はいない。
わずか数寸のところで交わされてしまう。
「こんな筈ではない、どうしてだ?」「まだまだ甘いのう、俺の眼を見ろ」「つま先の動きを見ろ」「剣を見るな」
良一郎は父の強さをまざまざと見せられた。
翌日、父の教えを肝に銘じ朋輩と手合わせをしてみた。
すると どうであろう・・・相手の動きがよく見える。
相手の動きが面白い様に読めるのだ。
その後の良一郎は見違える程 長足の進歩を遂げたのだった。
龍之介は言った「良庵殿、良一郎を娘の婿にくれんかのう」
「それは当人同士が好き合えばの事でしょう、まだ私も娘御を見た事もないから一度遊びに来られたら如何かな」
そして親の思惑など知らず 良一郎は娘百合と引き合わせられたのであった。
良一郎は「何だ、あの赤毛は」とまるで興味を示さなかった。
一緒の道場で顔を合わせてはいるものの まるで眼中に無かったのである。
成る程髪の色が幾分栗毛がかっている、だが人懐きそうな可愛い顔をしていた。
そして気立ての良さそうな娘である。
「まあ、付き合って行くうちにいろいろ良い所も悪い所も解ってくるだろう」良庵は好感を持ったが 何分本人が気に入らなければ仕方が無い。
そうこうしてるうちに源太郎が帰ってきた。
早苗の事を聞いて肩を落としていたが すぐ百合にちょっかいを出す様になったのである。
そうなると良一郎も黙っていない。
又々喧嘩の始まりである。
美雪は面白くて堪らない、お涼と話し合って大笑いをするのであった。
何故仲の良い二人が 何時も一人の女を巡って喧嘩するのか、意味が判らない。
女の子は幾らでも居るのに・・・・
だが今度は源太郎に分が悪い。
「源ちゃん可哀想だね」美雪が言うと「何故だ 母上は源太郎の味方か?」と・・・
「良一郎はあの子が気に入らなかったんじゃないの?」「いや、今は好きじゃ」「誰が源の野郎に取られて堪るか」と、こうである。
龍之介も良庵もこの恋の鞘当に大笑いした。
「この縁談受けてくれんかのう」「まだ判らんぞ、もし源太郎が本気だったらどうする?」
龍之介は「いずれ藩の指南役をする事になろう、源太郎ではどうもなー」
「おいおい、未だそうと決めて貰っては困る、こちらも跡取りだからのう」
「うーん・・・」父親二人が頭を痛めている事など彼らにはどうでも良い事、結構仲良くやっていた。
まだ良庵が若く藤堂新九郎と名乗っていた頃、三代将軍家光公の前での御前試合・・・柳生の剣客と昼から日没まで闘った事がある。
だが決着が付かず『勝負預り』となったのだ。
小藩ながら西国に藤堂新九郎在り、と存在を示したのであった。
その血脈は良一郎に確実に受け継がれている。
良庵は遠く若い頃を思い出していた。
良一郎の将来どう生きれば一番好いのか・・・親として何をしてやれるのか?
良庵は悩んだ。
妹に婿でも取らせるか、そして良一郎には自分の好きな道を歩かせてやるか・・・?
その気持ちは龍之介も良く解っていた。
それだけに良一郎の行く末に責任も感じていたのだった。
どうやら良一郎と百合は巧く行っている様である。
源太郎の出現で状況は一変したのだった。
時の氏神とはこんな事も云うのかもしれない。
だが源太郎は面白くない。
「ふん、江戸の女の方が可愛いわい、俺は江戸の女を女房にしてみせるわい」
精一杯の強がりを言って彼は百合の前から去って行った。
今度は良一郎が淋しくなった、友の悲しみは自分の悲しみでもあったのだ。
でも以前とは違い百合を本当に愛し始めて居た。
幼い頃から小太刀を使い、道場狭しと暴れ廻っていた百合にも源太郎の太刀さばきは物足りなく、頼り甲斐の無い男に思えていた。
だから幾ら源太郎が好意を持ってもそれは無理と云うものである。
唯 相手を傷つけまいと思って口には出さなかっただけの事であった。
源太郎は何と無く感じていたがそれを聞くのも又怖かったのである。
だから精一杯の強がりを演じていたのであった。
百合も又良一郎の親友なればこそ気を使っていたのだった。
程無くして源太郎は医術修行の為長崎に旅立って行った。
街道のはずれまで来た時 後ろから大声で叫ぶ声が聞こえた。
「いい嫁さん探して来いよー」
丘の上の大木の上から良一郎が手を振っていた。