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『三太郎物語』  第二章

№ 7
ここでこの物語に登場する人物の簡単なプロフィールを述べて置こう。

三太郎のマドンナ(ビーナス)清美はある大企業の社長令嬢、成績優秀ではあるが自分より劣る者に対して馬鹿にする傾向がある。
少しばかり宮本に好意を持っている。

宮本は文武両道に優れ眉目秀麗の好漢、父親はこの町の議員で人望も厚い。
ハードボイルドを決め込んでいるが何処か困った者をほって置けない熱い血を持った男である。

綾子は行動派の美少女、世話焼きで三太郎の良き理解者だ。
愛とか恋とかでは無く三太郎の事が気になって仕方が無い。

最終学年の遠足の日となった。
平家の落人部落を訪ねる旅だった。
ローカル線の無人駅を降りてそれから徒歩で山道を行くのである。
紅葉が美しく細い山道も苦にならない。
途中 小鳥の鳴き声や野ウサギも見られた。
日頃見る事の出来ない風景と清水で顔を洗ったり、皆多いに楽しんだ。

小さなつり橋を渡る事になった。
それはブラブラと揺れて足元を脅かした。
皆は恐がって渡るのを躊躇してたが宮本が「俺が先に渡るから皆見てろ」とすいすいと渡り終えた。
綾子が続いた。
そして次々と生徒達が渡り始めたのだった。
三太郎は眼下の清流の間から頭を覗かせている岩を見て眼が廻った。
もし落ちたら・・・・と恐怖心が躊躇させたのだ。
そろりそろりと前に進んだ。

急にグラリと橋が大きく揺れた。
必死に手すりのロープにしがみついたのだが・・・・・
前を渡っていた生徒が足を滑らせて落ちかけたのだ。
三太郎は彼の手を掴んだが共に絡み合ってつり橋から水の中へ落ちて行った。
後ろを渡っていた悪ガキ連中が悪戯でわざと揺らしたのだ。

「大丈夫かっ!」
三太郎は涙と全身水にぬれた身体で「どんまいどんまい」と大声で叫んだ。
しかし膝のあたりを岩に打ちつけ打撲と裂傷で清流に赤いものが流れていった。


№ 8
宮本は渡り終えた悪ガキ達を怒りのあまり殴り倒した。
先生が止めるのも聞かずに・・・・・

一方三太郎はベッドでヘラヘラ笑って一緒に落ちた仲間の怪我が無かった事を喜んだ。
綾子はそんな三太郎をいとおしく思った。
そして清美に「あんな優しい子をどうして嫌うの?」と責めた。
清美は「私は宮本さんが好きなんよ、あんな不細工な馬鹿はお呼びじゃないの」

途端に綾子の平手打ちが飛んだ。
「あんたに宮ちゃんを好きになる資格はないわ!」「宮ちゃんもそんなあんたを好きにはならないよ」と・・・・

三太郎には妹がひとり居た。
反面教師と云うのでもないが活発で勉強家だった。
そして兄思いの優しい性格ではあるが よく三太郎にプロレスの技を掛けギブアップさせて「弱虫、私に位勝ちなさいよ」と叱咤してた。
そして兄の友である宮本に対しても「おい、宮本」と呼び捨てにする。
綾子に対しても「綾ぴん」と自分の友の様に呼ぶ。
密かに綾子に憧れている節がある。
「私も道場に通おうかな」等と言う始末。

三太郎はそれが恐かった。
もし妹が通えば自分が道場で何をしてるかバレるのが嫌だったのだ。
そのまさかが起きてしまった。
突然妹が入門してきたのである。
妹洋子は眼で兄の姿を探した。
道場の隅で一生懸命拭き掃除をしてる姿を見て感激したのである。
人の嫌がる事を黙々とやってる兄の姿を見て嬉しくなった。

「お兄ちゃん すごい」副師範が「偉いだろう、空手は組み手や型だけじゃないぞ」「人の嫌がる事を率先してやる、忍耐力が大事なんだ」と・・・・・
三太郎は嬉しかった。
強くはないが空手の心、根性は学び実践していたのだ。
それを師範達はちゃんと見て居てくれてた事が。


№ 9
冬休み前 新聞部ではその年の特集を出す事になった。
学校からの予算では足りない。
皆で広告収入を集めようと云う事になった。
三太郎は近所の商店を一軒一軒廻って歩いた。
だが簡単には集まらない。
彼は果物屋で手伝いをする事にした。
手伝いをして広告を入れて貰おうと思ったのだった。

しかし積み上げてある箱につまずいたり、ひっくり返ったり失敗ばかりして大して役に立たなかった。
しかし店に出るとくしゃくしゃの笑顔で「おばちゃんこれ美味しいよ」と愛想が良い。
それが受けて結構評判もいい。

さっぱり部活に顔を出さなくなった三太郎を心配した綾子は放課後すぐに帰る彼を付けて見る事にした。
そんな事を知らない三太郎は店に入って行く。
暫くすると大きな声で叱られている気配だ。
綾子は慌てて店に飛び込んだ。
すると【りんご箱】をひっくり返してうつむいている。
「キズだらけにして売り物にならないじゃないか!」咄嗟に綾子は「おばさんこれ売ってください」と言ってしまった。

「おや 綾ちゃんの友達かい、この子が手伝ってくれるのはいいんだけど売り物を駄目にする事が多いんだよ」「いい子なんだけどドン臭いねー」
そこで綾と彼、おばさんといろいろ話をした。
「いいよいいよ広告は出してやる事にしてるんだから、只この子が何処まで頑張るか見たかったんだから」と笑って言った。

「でも店に出ると売り上げは上がるんだよ、変な愛嬌があるからねー」
そして「綾ちゃんも大変だねーこの子の面倒見るのは骨が折れるだろう」と・・・・
綾子は笑って「優しい子なんですよ」と答えた。
キズついたりんごは「皆で食べな」と貰ったのである。
「三ちゃん明日も来てくれるね」おばさんはそう言って送り出してくれたのだ。


№ 10
二学期最後の新聞は大変評判が良かった。
皆の集めた広告代も多くページ数も増やした豪華な新聞になった。
最初の校長の言葉として『思いやりの心』として名前こそ出さなかったが三太郎の行為が書かれていた。

体育祭の記録では宮本の棒高跳び4メートル、綾子の走り高跳び1,8メートルの文字が躍っていた。
悪ガキ達の事は何も書かれていなかった。
彼等は甚だ面白くない。
何か仕返しを考えている様子である。

冬休みのある日 三太郎の家に皆遊びに来た。
銘々の進路について話をした。
宮本は高校、大学を出たら父の跡を継いで政治家を目指すと云う。
綾子は家の跡継ぎ、女社長になるから商業高校に行くと言った。
それについて宮本は「高校は普通高校に行き大学で経営学を学んだ方がいいぞ」と言った。

清美は女子高に行き花嫁修業をするのだと。
女子高はところてん式に大学まで行ける。
三太郎はまだ何も考えていなかった。
妹の洋子が「お兄ちゃんは学校はどうでもいいよ、お父ちゃんに鍛えて貰って旋盤を覚えトラックを運転してれば」と・・・・・
三太郎も高校は行きたかった。
でも何処も受け入れてくれる成績ではない。
情けなかった。

正月のある日 悪ガキ達に呼び出された。
「小使い沢山貰ったんだろう、少し俺達に回せ!」と・・・・
不審に思った洋子はすぐ綾子に連絡を取り呼び出された神社の裏に走った。
押し問答をしてる姿を見つけ「コラッ!お兄ちゃんに何をするんだ」
遅れてやってきた宮本、綾子の姿を見て彼等はスタコラと逃げ去ってしまった。
三太郎は無事であった。


№ 11
洋子は腹を立てていた。
幾ら綾子に突き、蹴りを入れようとしても軽くあしらわれ身体に触る事さえ出来ない。
思いっ切り飛びついて行ってもヒラリとかわされる。

無理も無い事である。
彼女は有段者、何時も男達に混じって組み手をやっている。
洋子がいくら頑張っても叶う相手ではない。
「三太郎!ちょっと来い」洋子は兄に八つ当たりをして「相手をしろ!」と言った。
師範は笑いながら「さあ どうなるかな」と皆に言い見物する事にした。

洋子は果敢に向かっていった。
だが三太郎はそれを巧く交わし自分は攻撃しない。
何時か洋子は息が切れてへたり込んでしまった。
「これが空手なんだよ」師範は洋子にそう言って笑った。
今まで兄をちょっと馬鹿にしてた彼女は兄を見直したのであった。

いよいよ卒業の時が近ずいた。
宮本はT大進学率の高いA校に行く事が決まった。
綾子は地元の普通高校、三太郎は何処にも入る事の出来ない者ばかり集まる落ちこぼれの高校に進学する事になった。

清美はお嬢さん学校。
それぞれの進路は決まり別れ別れになるのであるが不思議とこの友情はその後も続いたのである。
三太郎の父は息子の友達に感謝してた。
「いい友達に恵まれて幸せな奴だ」と・・・・

学校は比較的校則も緩やかで自由な所だった。
毎日が楽しかった。
クラスメートも又のんびりした人間ばかりだ。
授業も何とか付いて行く事ができた。
部活は又(帰宅部)になってしまった、新聞部が無かったからである。
毎日家に帰ったらパソコンを習いピコピコやっている。
空手だけは一生懸命頑張った。

宮本も綾子も勉強が大変そうである。
しかし一ヶ月に一度位は三太郎の家に集まった。
いつか清美は来なくなったが・・・・
妹の洋子は道場ではもう組み手に加わっていた。
三太郎も時々組み手の中に入ったが何時も皆のおもちゃにされてしまう。
つくずく自分の運動神経の無さが情けなかった。


№ 12
ある日、良からぬ噂を耳にした。
清美が変な男と付き合っていると・・・・・
皆心配した が綾子が「直接聞いてみるよ」と言った。
そしてその男の事を聞きだした。
男はゲームセンターで知り合ったそうだが,最初は何処かの社長の息子だと言ってたが・・・
実はパチスロに出入りしている遊び人だった。
金も相当貸している様子である。
だが本人は「まだ好きだ」と言う・・・・・

皆 頭を悩ませた。
三太郎の父は「痛い思いをしないと判らないだろう」「もう少しほって置いたら目が覚めるだろう」と・・・・・
綾子は直接男と会って話をしようと思った。
綾子の会社の者達は「お嬢さん一人では危ない、俺達が話を着けてやる」と言ったが「これは私の友達の問題だよ」と聞かなかった。
しかし結果は思わぬ形でケリが付いたのである。
その男が恐喝の疑いで逮捕されたのだ。

清美は皆の前で泣いた。
三太郎も可哀想な清美の心を思い一緒に泣いていたのだった。
「本当の男は見栄えや口の巧さではない、お前は三太郎を馬鹿にしてるがあいつは本当の男だぞ」宮本は清美に吐き捨てる様にそう言った。

三太郎は宮本が自分の事をそんな風に思っていてくれた事にも嬉しかった。
何時も何処でもそう言ってくれた者は居なかったからである。

道場で昇段試験があった。
三太郎は見事に落ちたのだった。
しかし妹の茶帯を見た時嬉しくもあったが悔しさが込み上げてきた。
生まれて始めて味わう屈辱の気持ちである。

しょんぼりと道場を出る姿は痛々しくもあった。
綾子は「三ちゃん、餡蜜でも食べて帰ろう」と声をかけたが聞こえない振りをして黙って帰った。
うっすらと涙が光っていた。

ー第二章完ー



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