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『三太郎物語』  第三章

№ 13
三太郎のパソコンの腕はかなり上達した。
ある日ファイナンスをクリックしてみた。
毎日それを見てるとなかなか面白そうである。
只見てるだけであったが株価の上下が一刻一刻と変わるのが面白い。
そのうち自分でも出来るかな・・・・と思う様になった。
自分の小使いを父親の口座に入れ一株でも買える株を探した。

有った、今少し評判になりかけているモリエモンの株である。
少し父親への後ろめたさも有ったが一株だけ買ってみることにした。
あれよあれよと云う間に値上がりして行く。
僅かの小使いが数十倍にもなった。
これを誰かに言いたくなった、小躍りしながら父親に報告した。

父は「株なんてものは素人が手を出すものではない、すぐに止めろ」と言われてしまった。
残念ではあるが父親の言う通りすぐ売ってしまったのである。
僅かを残し・・・・未練がそうさせたのだ。
その後は見るだけにしたのだが一度儲けた為、誘惑は常に頭の中を駆け回っていた。
しかし彼は父親の言い付けを忠実に守った。
それは父親が三太郎の為を思って言ってくれてる事が判っていたからだ。

三年生も半ばを過ぎていた。
宮本も綾子も大学入試の追い込みであまり来なくなった。
三太郎は寂しかった。
でも綾子は道場で会えたからまだ話が出来たから色々な情報が解って助かった。
宮本は猛烈に勉強に打ち込んでいるらしい。
清美は以前よりよく来る様になった。
そして事務所で父親から簡単な事務を習っている様子である。

別に三太郎が好きになった訳ではない。
清美は自分の欠点に気が付いたのだ。
そして何故三太郎がそれだけ優しく、何時も笑顔でいられるのか知りたいと思ったのである。
彼の家族、暮らし振りを知れば何かが解る と思ったのだ。


№ 14
三太郎の父親はかなり厳しい。
すぐに手を上げる、だが妹の洋子は負けてはいない。
しかし叱った後には必ず「お前のここがいけないんだ」と諭すのだ。
そして母親も含めよく笑う。
兎に角明るい家族である。

清美は大きなカルチャーショックを受けた。
彼女の家庭は実に静かだ。
父も母も大きな声を出した事がない。
あまり話をした事もない。
裸でぶつかり合った事がないのである。
だからいい子であれば問題は起きないのだ。

今度の事も父母は知らない。
もしもこれが三太郎の家庭であったらもっと早く父親が身体を張ってでも阻止してくれただろう。
何でも言える素晴らしい家族を持ってる三太郎が羨ましくなった。
三太郎の父親が「清美ちゃん,三太郎の嫁さんになるか」と言った。

清美は自由な恋愛も出来ない。
全ては親の敷いたレールの上を走るだけの人生であろう。
勿論三太郎への気持ちは以前とは違ってきてはいたが結婚の対象には入っていなかった。
三太郎も又中学時代とは違って彼のビーナスでは無くなっていたのである。
それより綾子の方に心は移っていたのだ。
一方綾子は友情以外何ものも無かったのであるが・・・・・

三太郎は淋しかった。
皆ガールフレンドとデートしてるのに・・・もうすぐクリスマスだと云うのに・・・・・
「今年も一人っきりだなー・・・・・」と・・・・・

宮本の父親は今では代議士となっていた。
若手のホープとして将来を嘱望されている。
彼はひたすら勉学に励んでいた。
正月元旦、久しぶりに皆三太郎の家に集まった。

大学入試の事、将来の事など話は尽きなかった。
「お兄ちゃんは大学よりも彼女の事で頭が一杯なのよ」洋子が笑って言った。
宮本が「いい人出来たのか?」洋子が「いないいない いれば苦労しないけどね」
「お兄ちゃんは格好悪いから ま 一生無理だろうけど可哀想ね」

宮本は『こんないい奴いないけどな』と思った。
どうして外見や学歴で人を判断するのか、彼には不思議に思ったのだ。


№ 15
その日の夕方 近くの神社に出掛ける事にした。
別に初詣と云う訳でもないが・・・・・
境内に入る手前で三太郎は急に走り出した。
階段の手前で上がる事が出来ずに困っている老夫婦がいたのだ。
ご主人の方は車椅子に乗っている。

「ありがとう御座います」「あ いや、ご苦労様」
訳の解らない挨拶を交わし皆の元に戻った。
清美の心の中で何かが弾けた。
三太郎の本当の心の優しさが判ったのだ。
心が熱くなったのである。

卒業と同時にそれぞれの新しい旅立ちが始まる。
宮本は希望通りT大の政治経済学部に進んだ。
綾子も又N大文学部 清美はところてん式に私大へと・・・・
三太郎は進学を諦め家業の従業員として油にまみれ働く事になった。

しかし彼は晴れ晴れとしていた。
友達が皆希望通りの大学に入学出来た事が嬉しかったのだ。
東京へ旅立つ宮本の送別会をしようと綾子に持ちかけた。
ささやかな送別会ではあったが楽しい集いであった。
当分は皆と会えないのかなーと思ってた三太郎に綾子は言った。

「三ちゃんはそれでいいの?本当にやりたい事は無いの?」
「うん、やりたい事はあるけど難しいもんな」・・・・
宮本は「チャレンジしてみなきゃ分らんぞ」「何になりたいんだ?」と聞いた。
「実は看護士になりたいけど頭悪いからな」と三太郎・・・・
「おじさんに頼んでみたら?」綾子は彼の父親の了解を取れば後は何とかなると思ったのだ。
三太郎の父親は「跡継ぎは洋子が婿さんでも取ればいいが あいつに出来るかな」と・・・・


№ 16
宮本の父親の紹介で結構大きな病院だった。
どきどきしながら面接を受けた。
院長は優しい眼をして「当分はヘルパーの見習いをしながらここに慣れてゆく事にしよう」と採用してくれた。
彼は一生懸命働いた がヘマも続いて先輩に叱られもした。
しかし患者さんたちには評判が良かった。
皆より時間はかかるが丁寧でその笑顔が和ませたのである。

衆議院選挙が始まった。
モリエモンも与党の看板として立候補した。
株価はうなぎ上りに上がってた。
三太郎は少し恐くなってきた。
自分のお金が想像もしない大きなものになっている。
「これは普通の事ではないな」すぐ全部売り払ったのだ。

父は薄々それを知っていた。
「やっと恐さが解ったか」と・・・・
「おい 三太、もう少し大人になったら株もやってもいいぞ」「但しよく会社の事を調べてから買う事だな」
父も資産株をそこそこ買っていたのだ。
許しを受けた三太郎は企業調査の本を買って来てむさぼる様に読み漁った。
そして少しずつ買って楽しんだのである。

病院では時間を忘れて働いた。
時には同僚、先輩達から「手抜きをしろ」と苦情を言われたが彼の性格からそれが出来なかった。
時間外でも「三ちゃんに身体を拭いて欲しい」と言われれば快く引き受けた。
何時か「変な奴だ」と相手にされなくなったが彼には何処吹く風 知らない振りをして黙々と働く。

院長は「彼は看護士よりヘルパーの方が適職だろう」と考える様になった。
「これからはヘルパーの仕事が重要になる、三太郎 プロ中のプロのヘルパーを目指さないか」「うん、でも看護士は難しいの?」と院長に聞いた。

「これから老人の患者が増える、看護士より良いヘルパーが必要な時代がくるぞ」「その時には本当のプロの方がやりがいが有る」と・・・・・三太郎は又悩んだ。
綾子に相談してみる事にした。


№ 17
綾子は既に師範代になっていた。
久しぶりの道場である。
洋子も黒帯をキリリと締めて妹ながら眩しく輝いてみえた。
「お兄ちゃん、一丁揉んでやるから道衣に着替えなよ」笑って妹にからかわれながら綾子に会った。
そして院長の言葉を伝えたのである。
綾子は「三ちゃんはどうしたいの?」と聞いた。
「うーん、分らない・・・んだなー」
彼女は「自分で考えて答えを出しなさい、只先生の言う事も一理有るわね」と言った。

ナースの秀美が「三ちゃん一緒にお茶しようか」と声を掛けてきた。
生まれて始めての出来事である。
三太郎は舞い上がった。
病院近くの喫茶店・・・彼は何を喋っていいか解らないでカチンカチンになっていた。
「三ちゃんウブだねー もっとリラックスしなさいよ」彼女はそんな三太郎を可愛いと思った。

早速綾子に報告をした。
そしてデートの時どんな話をしたらいいのか指導してくれる様頼んだ。
「三ちゃんそんな事自分で考えなさい」綾子はケラケラ笑いながら答えた。
三太郎は益々悩んだのである。。

その間にモリエモンが逮捕された。
三太郎は何故か解らなかったが悪い事したんだろうなーと思った。
宮本が帰って来た。
彼は三太郎に判る様噛んで含める様にこの事件の事を話して聞かせた。
只 彼はモリエモンだけが悪いわけじゃない、踊らされた国民も悪いと。
短い夏休みも終わり宮本は又東京に帰っていった。


№ 18
秀美はどんな事が好きなんだろう?
休みは何をしてるのか?
いろいろ考えてみても思いつかない。
洋子は「お兄ちゃんの好きな事言えばいいんよ」と言った。
しかし彼にはパソコンの話位しか思い付かなかった。

二度目にお茶に誘われた時モリエモンの話をした。
その時株で儲けた事をポロッと話してしまったが・・・・・
黙ってそれを聞いていた秀美は「実は・・・・」と母親が病気でお金に困っている事を綿々と話し出したのである。
そして「少しお金を貸して欲しい」と言ったのである。
三太郎は悩んだ。
そして綾子に相談した。
綾子は「私が会ってみるよ」と・・・・・

秀美は例の喫茶店に三太郎と共に綾子が現れたのに驚いた。
二言三言話をした後「お母さんに会わせてくれ」と綾子の言葉に動揺を見せた。
そして「この次家に連れて行く」ことで話は終わった。
お茶もそこそこに秀美は帰っていった。

「嘘だよ、三ちゃん騙されなくて良かったね」
三太郎はもしかしたらと思って50万円用意して来ていた。
「三ちゃんは人がいいから騙され易いんだよ」三太郎はちょっとがっかりした。
彼は秀美の言う事が本当であって欲しいと願っていたのだ。
翌日彼女は病院を辞めていった。

洋子は「お兄ちゃん馬鹿だね、そんな悪い子は何処にも居るのよ、絶対お金を持ってるって云っては駄目だよ」「良かったね、綾ピンにお礼しなさいよ」
次の休日洋子とデパートに出掛けた。
妹は手馴れたものでブランドショップでバッグを二つ選んだのである。
「すみませーん このふたつをください」三太郎は何故二つか解らなかった。
「これは綾ピン、もうひとつは私のよ」結局彼はふたつ買ったのである。

綾子は受け取らなかった。
「三ちゃん、お茶だけでいいよ」綾子は喫茶店に誘ってくれたのだ。
そして女性との付き合い方を教えてくれた。
「三ちゃんは空手をやってたんでしょう、そんな話とか最近見た映画とか将来の夢とかを話せばいいのよ」「それで気が合えばお付き合いは出来るのよ」
レジで金を出そうとしたら「友達同士は割りかんだよ」いろいろ勉強させられた。

結局バッグは二つとも洋子の物になったのだ。
洋子は綾子が受け取らない事を予測していた。
だから自分の好みのバッグを選び”にんまり”したのだった。


№ 19
突然院長に呼ばれた。
「どうだ、三太郎 お前ヘルパーの責任者になる気はないか?」
院長は日頃からの働き振りを見ててそう切り出したのだ。

三太郎は悩んだ。
自分には無理だと思っていた。
人の上に立った事など未だかって無かったから。
皆にも疎まれている。
しかし院長は彼なら出来る、と思っていたのだ。
「考えさせてください」そう言って院長室を後にした。

綾子も清美も大賛成した。
何となく病院に行くのが気が重い、ずる休みをしようと思った。
しかし洋子にケツを叩かれ病院に向かった。
病院では患者のお婆ちゃんたちが「出世したね」「三ちゃんなら安心だよ」と喜んでくれた。
仕事は何時もと変わらない。
唯 新しいヘルパー達に老人への接し方,身体の洗いかた掃除、シーツの取替え、配膳の仕方を身をもって教える事が増えたことである。
かいがいしく三太郎は働いた。

その頃清美の家では・・・・ちょっとした彼女の反乱が始まっていた。
父親の持って来る縁談を彼女は全て断るのである。
「お前 誰か好きな人いるのか?」父は聞いた。
「お父さん許してくれないでしょう」清美は逆に聞き返した。
「氏素性の解らん相手なら許さん、一度連れて来い」
だが彼女はまだ相手に打ち明けてはいない。
「お父さんの知ってる人よ」「きっと反対するでしょう」
父親はいろいろ考えてみた。
だが思い当たる男は浮かんでこない。

「誰だ、怒らないから言ってみろ」
「三太郎さんよ」父親は絶句した。
「まさか・・・あの三太郎ではないだろうな」「そうよ まだ打ち明けてもいないけど」
「あの人の優しさが欲しいのよ」
「お前馬鹿にしてたんじゃないのか?」「うちの家風には合わないだろう、一度連れて来てみろ」
父親は最初から反対する意思を持って会う事にしたのだ。

清美は綾子に相談した。
「ふーん、清美が三ちゃんをねー」彼女は清美が三太郎の良さを解った事に驚きと喜びを感じていた。
「三ちゃんの何処に引かれたの?」と聞いた。
馬鹿でマヌケでおっちょこちょいの三太郎・・・・・
底なしの優しさは有るが・・・・・
「まず三ちゃんに聞いてみな」「三ちゃんも昔の三ちゃんじゃないのよ」
綾子のセッティングで喫茶店で会う事になった。


№ 20
清美は殊勝な顔して現れた。
何時もの傲慢さは消えいきなり「三太郎さん私が嫌い?今までゴメンね」と言ってボロボロ涙を流したのである。
三太郎は驚いた。
そんな清美を見た事が無かったからである。
今まで彼女は幾つか恋をした。
しかし三太郎の様な優しい男には出会う事はなかったのだ。
何時も正月の出来事を思い出していた。
「もし嫌でなかったら私と結婚して・・・・」

三太郎は戸惑っていた。
かっての憧れのビーナスがプロポーズしてくれている。
夢ではないかと疑った。
綾子は「しっかりしなさい、女が頭を下げているのよ!」そして清美に「少し時間が必要だね」と言った。
「しかし清美も変わったね やっと三ちゃんの良さが判るようになったとはね」と・・・・
綾子は宮本に電話を入れた。
宮本は「そうか、随分回り道したな」と笑った。
男性経験の多い清美と全く女性を知らない三太郎・・・どうなるものやらと宮本は思った。

三太郎は整体師の免許を取るべく学校に通う事にした。
ヘルパーの仕事に役に立つと思ったからである。
株も多少の増減はあるが自分の給料程は収入になったがこれは水物である。
だから無いものと思って楽しんでいた。
政権も代わり少しは期待してた株価も上がる気配はない。
併し元々ほんの小使いから始めたものである。
三太郎は動揺する事もなかった。
只何時か一億の大台に乗せる事を夢見ていた。
出来れば肢体不自由な人たちの憩いの場でも作りそこで整体を施してあげたい。
別に大それた目標ではないが・・・・ただ漠然と考えてみていた。

ついにその日がやってきた。
清美の父は以前の三太郎しか思い浮かんでいなかった。
相変わらずおかしな顔ではあるが笑顔が可愛い。
そして逞しくなった身体つき、驚きが彼への先入観を一掃した。
そしていろいろな話の中に仕事への情熱、誇りを感じ取り交際を許可したのである。
自分の娘だって誉められた生き方をしてきてはいない。
親の直感でそれは承知していた。
そして彼の優しさなら娘を幸せにしてくれるだろう・・・・・と


№ 21
三太郎の父親と清美の父は互いに盃を酌み交わしていた。
「それにしてもおかしなもんですなー あの馬鹿息子がお宅の様な いい娘さんとご縁が出来るとは」
「いや、今時あんないいご子息が居たとは驚きました」「この世知辛い世の中に心が洗われる思いですわ」
「まあ結婚式は二人に任せて見守ってやりましょう」
こんな会話を交わしながら旨い酒を呑んでいたのだった。

さてさて しおらしくなったとは云え元々鼻っ柱の強い清美と底抜けにお人好しの三太郎・・・
どんな夫婦になるのやら・・・???
『天のみぞ知る』 と云うところか・・・

洋子は大学のキャンバスで恋人と語り合っていた。
綾子も又道場の先輩とデートを楽しんでいる。
宮本は父親の跡を継ぐべく秘書として政治学の勉強をしている。

只 人の心の痛みが解る三太郎の様な男が本当の政治家に相応しいのではないか・・・
宮本はは彼のの様な男が政治家に相応しいのだろう と思って居たのだった。

        ー完ー



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