『追憶』 「ある愛の歌」
№ 1
春まだ浅き日、男は山間の東北の無人駅に降り立った。
「昔とあまり変わっちゃいないな」小さく呟きゆっくりと歩き始めた。
そして大して流行っても居ない古ぼけた旅館の門をくぐった。
来客もそう多くない宿に 突然の予約なしの客である。
身なりも悪くない。
宿の主人は久しぶりの客に喜び 揉み手をして愛想を振りまいたのであった。
「『紅葉の間』は空いているかな」
「ええ、お客様は以前お見えになった事がおありで・・・?」
代替わりした主人はこの男の事を知る由もなかった。
「うん若い頃ちょっとな」
部屋に通された男は懐かしそうに辺りを見渡した。
部屋の調度品は 新しいものに変わってはいたが 窓の外には雪をかぶった栗駒山系が広がって昔の姿そのままであった。
暫くその風景を眺めて何か感慨にふけっている様子だった。
が コートを脱ぎ厚手のセーターに着替え 男は宿の下駄を借り まだ残雪の残る道を川下の方に歩いていった。
男の名は松井幸平、先日まで大手商社に勤め海外生活も長く なかなか来たいと思ってもその機会も無く今日に至ってしまっていたと云う訳だ。
「いやー 昔とちっとも変わっていませんなー」
宿の主人は「この辺は随分過疎化が進み町の人達も年寄りばかりになりましたからね」「若者は皆 東京方面に出て行きますからもう発展する事はありませんよ」
「ところでお客様は何時頃ここにいらっしゃったんで?」
「うん、学生時代にちょっとね」「ところでこの前に駄菓子屋があったはずだが・・・」
「ええ、もう二十年ばかりになりますか、火事を出しましてね 一家離散の憂き目になり何処へ行ったのか・・・」「お客さんは何かゆかりの方ですか・・・?」
男は無言のまま聞いていたが その返事をする事なく部屋に戻ったのである。
実は幸平には若い頃、この温泉町が辛くて甘い青春の地だったのだ。
終戦の混乱期も過ぎ世の中が落ち着きを取り戻した頃、大学生であった幸平は胸を患い転地療養を余儀なくされた。
その二年余りの滞在が彼の人生を大きく変えたのである。
それから四十年、自由の身となった今、どうしても会いたい人が居た。
彼の思い出と共に人生を左右した人に・・・・
だがその人は何処に行ったのか皆目見当がつかない。
幸平は昔の事を知ってる人から捜さなければならなかった。
何しろ半世紀近くも前の事である。
幸いに駅前の みやげ物売り場の老婆が その駄菓子屋の事を覚えていた。
が、火事の後 隣町に移り住んだところまでは判ったがその後の事は知らないと言う。
幸平はタクシーを拾い教えられた住所まで足を伸ばした。
そして町役場に行き現在何処に住んでるかを聞いたのである。
彼の捜している相手とは『和泉淳子』
青春時代燃える様な恋をし、療養中の彼を励まし続けてくれた そして彼が心ならずも裏切った女性であった。
№ 2
日本が高度成長期に入って暫くの後 一流大学に入学し前途洋々の彼を襲った病魔は当時にはまだ不治の病と言われていた結核だった。
彼の父親は手術を選ぶ事無く転地療養の道を選択したのである。
「空気の綺麗な所で長期の療養をすれば必ず治る」と信じて・・・
彼は絶望の淵に立たされていた。
父親の跡を継ぎ 世界に冠たる立派な会社に育てようと夢に描き 当時としては珍しく家庭教師もつけて貰い 幼少の頃から英才教育を受けてきた彼にはこの病気は全てを奪い取るものに感じたのである。
転地先の宿からは何時も栗駒の山々が見えた。
鬱々とした気持ちで外へ出たところ、前の駄菓子屋から勢い良く飛び出して来た少女とぶつかったのである。
「あっ、ごめんねお兄ちゃん」よろける彼にその少女は声を残し何処かへ走り去って行った。
彼は走る事さえ出来ない己に腹を立てたのだった。
それから数日の後、何と無くその駄菓子屋の暖簾をくぐった。
決して高級とはいえない だが珍しいこの土地の菓子が所狭しと雑然と並んでいる。
商売っ気の無さそうな不精髭を生やした親父が奥から出てきた。
と同時に表から「いらっしゃーい」「あっ、この前のお兄ちゃんだ」との声が響いた。
親父は何も言わずに奥に引っ込んでしまった。
「この前はごめんね、前の旅館に泊まっているんでしょう、随分長い様だけど ここ好きなの?」
屈託の無い声でそう聞いてきた。
「うん、特別好きでも無いがまあ悪い所でもないかな」彼は曖昧に答えたのである。
棒飴を二本新聞紙に包み「はい」と渡され「今度この町の綺麗なところ連れて行ってあげるよ」「何時も旅館の中だけではつまんないでしょう」と・・・
半ば強制的に約束させられた彼は「気分転換には丁度良いか・・・」と考えたのだった。
彼女は彼の病気の事などまるで知らない。
何時も明るく天真爛漫な まさに山国の少女だった。
中学を卒業したらその駄菓子屋を継ぐのだと屈託無く話す。
母親は毎日その土地で取れた野菜を背中に背負って 下の街まで行商に行っているのだと・・・
そんな生活の中に幸せを感じて生きているのが彼には不思議に思えたのだった。
彼は貧乏と云う言葉さえ無縁のブルジョアの御曹司であったから。
彼女の足は速い。
病身の彼には付いて行けなかった。
時々立ち止まって「ちょっと待ってくれ」と息を弾ませ言ったものだ。
しかし連れて行かれたところは 川沿いの小鳥が集まる所であったり 丘の上から栗駒の山々が一望に見渡せる所であったり 実に素晴しい自然の風景であった。
そうした自然の中でいろんな話をした。
幸平は治るか治らないか判らない自分の病気の事を話した。
そして「もしかしたら君にも移るかもしれないよ」と・・・
彼女はケラケラ笑ながら「いいよ、そうしたら病気も半分っこになるよ」「そしたら絶対に治るよ」と事も無げに言ったのだった。
なるほど、そうした外出が多くなってから少しずつ身体が楽になってゆく。
旅館の食事も綺麗に平らげる様になった。
そんな時幸平の父親がひょっこりやって来た。
元気になった幸平を見て満足そうに喜んだ。
彼は淳子の事を詳しく話したのである。
ここまで元気になれたのも淳子のお陰であると・・・
だが父親は不快感をあらわにしたのである。
そして「貧乏人と付き合うと自分も貧乏臭くなる、あの娘が例え良い子であってもお前にはふさわしく無いな」と切り捨てる様に言って帰ったのだった。
しかし幸平にはこの山里で心を開いて話せる相手は 淳子を於いて他にはいなかったのである。
そして春が来た。
淳子は卒業して例の駄菓子屋を継いだ。
幸平も又 病気も癒え一緒に歩き回るのに苦痛を感じなくなった。
その頃になると話題も変わってきていた。
お互いの将来を語り合い少しずつではあるが 相手を異性として感じる様になって行ったのである。
しかしまだ幼い恋心ではあったが・・・
確実にその愛は育っていった。
だが現実は残酷である。
「もう大丈夫だろう」
父親の一言で東京に戻る事になった幸平は「必ず迎えに来るから・・・卒業するまで待ってろよ」と何度も淳子に言い聞かせ列車の人となったのである。
学校に戻った幸平は 夏休み冬休みはおろか事あるごとにこの小さな駅に降り立った。
勿論淳子に会いにである。
唯 手をつないで歩くだけで幸平は幸せを感じていたのである。
この思いは淳子も同じであった。
が、町の人達はそんな二人の純愛を信じてはいなかった。
何時の間にか「あの二人は出来てる」「淳子は遊ばれているんだ」「それも知らないで親も親だ」と噂が勝手に一人歩きして好奇の眼で見られる様になってしまったのである。
両親もその噂に耐え切れずついに交際を禁じたのであった。
幸平も淳子も一生懸命疚しい関係でない事を説明したが無駄な事だった。
田舎の、それも小さな温泉町の事である。
判れと言う方が無理な話である。
そこで彼らは相談して密かに湯沢市で会う事にしたのだった。
彼は真新しいマークⅡに乗り温泉町のはずれで彼女を乗せいろんな所をドライブして廻った。
幸平は密かに彼女との結婚を夢見ていた。
そして淳子にこう言った。
「俺と一緒の道を歩いてくれるか?」
淳子は嬉しかった。
そっとギアーを握る幸平の手に自分の手を乗せ幸せを噛み締めていた。
そして秘密のデートをする様になって二年後の夏、初めてのキッスを交わしたのであった。
唇と唇を合わせるだけで幸せは倍増し天国にでも居る様な気がしたのであった。
それからの幸平はまるで人が代わった様に積極的になって行ったのである。
今までの消極的な性格は消え全てに積極的に行動する様になって行った。
大学での態度も自信に溢れアクティブに変わり同輩達もその変貌ぶりに驚いた位だった。
幼少の頃からひ弱な息子の変わり様に父親も喜んでいた。
が その原因が淳子の支え在ってこそとは知る由も無かったのだ。
「良い跡継ぎが出来たわい」
父親は自分の後継者に多いに満足していた。
それから暫くして二人は結ばれた。
ドライブの途中、ふとしたきっかけで国道筋から離れて走った先にモーテルの看板が眼に付いたのだった。
彼は了解を取るべきかどうか一瞬迷ったが 黙って微笑む彼女に聞くのも恥ずかしかったのである。
車は滑る様に暖簾をくぐって駐車場に入った。
彼も彼女も始めての経験だった。
二人は上気した顔で肩を寄せ合い恥ずかしそうに入って行ったのだった。
少しの間おずおずとしていた彼女は大きなベッドに驚きその上でトランボリンに乗る様に跳ね回ったのである。
幸平はテレビのスイッチをひねった。
すると思わぬ画面が飛び出してきたのだ。
話には聞いていたが【男女が絡み合っている】驚いてスイッチを切ったのである。
暫くはこの異次元の部屋の探検をした。
何しろ二人ともこんな場所は初めて入る全く知らない別世界である。
風呂は泡立ちお湯が踊っている、ベッドは回転し ライトが赤、ピンク、紫と代わる。
何もかも珍しい事ばかりであった。
そうした時、幸平は今まで感じた事の無い異常な興奮に見舞われていた。
№ 3
それはこの部屋に入った時から予感はしていたが、現実に彼女と一緒に居る事で理性は吹っ飛んでしまっていた。
ましてや若い雌鹿の様な野性的な彼女の肢体を見る事も始めての事・・・
しかし彼には大きな悩みがあった。
時々夜中にパンツを濡らす、それもヌルッとした気持ちの悪い液体(夢精)をであった。
彼は病気ではないかと悩み苦しんでいたのだ。
恥ずかしくて両親はおろか弟にも友人にも言えなかった。
病院で診て貰おうとも思ったがそれも出来なかったのである。
キャンバスでは友人達が「あの女はどう この子はどうかな」等と話をしていたが彼は決してそうした話の輪に入って行かなかった。
何時も経営学の本を読み横目でそれを見ているに過ぎなかったのである。
だからそれが健康な男の自然な事だとは解っていなかったのだった。
しかし一緒に風呂に入ろうとした時その病気が始まってしまったのである。
慌てて股間を洗い 見られる事無く湯船につかった訳であるが若い彼はすぐ正常に戻っていたのだった。
「優しくしてね」恥ずかしそうに言う彼女の言葉も上の空で聞き 夢中で彼女にしがみ付いていった。
そして幸平は『おとこ』になり淳子は『おんな』になったのである。
シーツに付いた血を見ながら彼女は うっすらと涙を浮かべていた。
しかしこのセックスは淳子にとって決して気持ちの良いものではなかった。
唯 痛さだけが先走り本当の喜びを知るのはまだ先の事ではあったが、結ばれたと云う喜こびと充実感は彼女の全身と心に満ち溢れ ふらつく足には羽が生えた様に思えたのであった。
胸から腰にかけて幾つものキッスマークに「恥ずかしい」と潤んだ瞳で答えたのだった。
それからのデートは二人にとって より深い愛をはぐくむものとなって行ったのである。
幸平は卒業と同時に父親の会社で働く様になった。
彼は何時父親に淳子の事を話そうか機会を伺っていたがなかなか切り出す事が出来ないでいた。
淳子も又彼を信じてその日を待っていたのである。
そうした時、淳子は妊娠した。
意を決して彼は父親に「どうしても彼女と一緒に暮らしたいんだ」と必死に説得した。
激怒した父親は密かに彼女の家を訪ね両親と話し合いを持ったのだった。
もう七ヶ月になっていた彼女は堕ろす機会を失って 生むより道は残されていなかったのである。
両親との会談は彼女には知らされていなかった。
幸平は結婚はおろか 子供の認知さえ許されなかったのである。
「きっと解って貰える日が来る、待っていてくれ」
そう手紙に認めて送った。
しかし幸平に待っていたのは同じ系列会社の社長の娘との縁談であった。
政略結婚である。
今の時代では考えられないがその時代 父親の権力は絶対のものであったのだ。
断る事は出来なかった。
幸平は密かに病院に行き婚約成立後『パイプカット』を行ったのである。
「自分の愛した女性は唯一人、淳子であり幸せを願い付けられた我が子『幸子』の為に もう子供は作るまい」
決意の表れであった。
そして淳子との交信も途絶えたのである。
一方淳子は「父親の判らぬ子を産んだ」と町で噂の種となり肩身の狭い生活を余儀なくされていた。
だが父も母も何も言わない。
母親は行商を止め比較的裕福な暮らしに変わっていた。
幸子が小学校に入学する頃 親友の父親から「お前の両親は松井商事の社長から幾ら貰ったんだ」と聞かれた。
愕然とした彼女は両親を問い詰めた。
案の定、この町でちょっとした豪邸が建つ程の金を受け取り彼女には何も知らされていなかったのである。
絶望のあまり家を飛び出しこの町を捨てたのであった。
そして岩手県久慈市の旅館で働きながら幸子と共にひっそりと暮らし始めたのである
№ 4
幸平は、愛の無い生活の中で 唯仕事のみに生き甲斐を見出そうとしてた。
だがしかし何時まで経っても子供が出来ない。
両親も妻の親たちも 顔を合わせるごとに子供が出来ない事を攻めた。
毎日が砂を噛む様な生活が続いたのである。
幸平はついに切れた。
「当たり前だ、私は愛した人の子しか作らない」「その子は今頃 もう中学生になっているだろう」
妻は怒りを露にして去っていった、可哀想だとは思ったが妻にも結婚前から好きな人が居た・・・と云うより現在も続いて付き合っている事を彼は知っていたのだ。
両親と会社への反逆でもあった。
そして大手の商事会社に就職したのである。
仕事に関しては非常に有能な彼は瞬く間に頭角を現し 海外の支店を次々と拡張していったのであった。
休む間も無く働き続けた・・・
これは余談ではあるがアフリカに企業開拓に行った時の事である。
社員が「ここでは何も売れませんよ、裸で歩き裸足で歩いている、靴もシャツも電化製品も縁の無い生活してるんですから」と・・・
幸平は一括した「だから市場は無限なんだ、彼らに靴を履かせシャツを着せ文化的な生活の便利さを教えてやれ!」と・・・・
どんな所でも無限の市場なんだと陣頭に立って市場開拓をした。
会社は大きく世界に羽ばたいて日本でも有数の優良企業にのし上がったのである。
彼も世界各地での支社長を歴任し、何れは東京本社の社長になる男と誰もが思っていた。
だが彼は全てを捨て退職したのである。
そして還暦を迎えたのである。
いろいろな会社からヘッドハンティングに来た。
又会社も彼の引き止めに必死だった・・・が・・・
「大きな落し物をしたんだよ、それをどうしても捜したいんだ」と断って退職したのだった。
どうしてあの時 今の勇気が出せなかったんだろう。
後悔と無力感が何時も付いて廻って彼を苛んだのであった。
そして淳子の歩いた道程を片っ端から調べて行ったのであった。
「すみません、此方に和泉さんと云う方はいらっしゃるでしょうか」
久慈の『琥珀店』で幸平は尋ねた。
「はい、私が和泉ですけど・・・何か?」
面差しが何処か似ている・・・
幸平は確信した。
「幸子・・・さんですか、お母さんの淳子さんにお会いしたいのですが」
「どなた様でしょうか、母の名をご存知の方とは・・・」
そして はっとした様な顔をして「母は今おりませんが何かご用で」と険しい顔で答えたのであった。
「あー やっぱり幸子か、立派な店をやってるじゃないか、で お母さんは?」
「何処のどなた様か知りませんが呼び捨てにされる謂れはありません」「お帰りください」
冷たく追い返されたのであった。
光るものが頬をつたって流れた。
幸子も店の戸を閉めるなり柱にもたれて嗚咽したのであった。
会いたかった、父がすぐ近くに居る。
が 今までほって置いた恨めしさ 憎さもある。
名刺と宿の名を書いた紙切れを見つめながら泣き続けた。
悄然と帰った幸平は 宿の便箋を借り淳子に宛て、今までの無礼を詫びると共に自分の歩んで来た道を詳しく書いたのである。
彼は一日中部屋の窓から見下ろす久慈の街を見詰めていた。
何としてでも淳子に会いたい。
そして幸子にも・・・
例え嫌われてもいい・・・一度でいいから「お父さん」と呼んで欲しかったのである。
夕方になり手荷物を整理して翌朝の出立を考えていた時 宿の女将が「和泉さんと言う方がいらっしゃっていますけどお会いになりますか」と・・・
階段を降りるのももどかしく駆け下り玄関のロビーに向かったのである。
そこには一昨日会った幸子が背中越しにソファーに身体を小さくして座っていた。
淳子では無かったのである。
失望した彼は「あなたでしたか、一昨日は失礼しました」と答えるに留まった。
「お父さん・・・」振り向いた彼女の眼には一杯涙を湛えていた。
「先日はごめんなさい、あまり突然の事で何を言っていいか判らなくて」「明日一緒にお母さんに会いに行ってくれますか?」
「いや、私こそ、いきなり驚かせて済まなかった」「お母さん いや淳子は病気なのか?」「それとも何か来られない訳でも有るの・・・?」
「明日来て頂ければ判ります」と一冊の分厚いファイルブックを手渡したのであった。
幸平も昨夜認めた手紙を「これを淳子に・・・」と手渡したのであったのだ。
その夜は興奮のあまり一睡も出来なかった。
ファイルを一枚一枚めくってゆく、そこには幸平が海外で活躍してた頃の新聞の切り抜き、経済界の雑誌に載った記事、写真などがびっしり貼ってあった。
所々に「愛するあなた、頑張ってね」「今何処で活躍してるのかなー」等と書かれていた。
そして終わりには「わたしの幸平、いついつまでも待ってるよ」と・・・・
彼は胸が熱くなりファイルに顔を埋めて泣き続けたのであった。
翌朝幸子はワゴン車で迎えに来た。
運転は幸子の夫の雅比呂が、その隣には幸平の孫の(久蔵)が そして幸子の膝の上には赤ちゃんの(翔子)が・・・
車は栗駒山系の麓に向かっていた。
紅葉の先に栗駒山系が新雪を頂いて美しく輝いていた。
幸子は「ほら、あなたたちのお爺ちゃんだよ」と先日までの硬い表情とは打って変わって笑顔を湛えてはしゃいでいたのである。
「やっと念願のお父さんに会えたな」運転席から雅比呂の声がした。
彼はこの街 久慈市で琥珀の加工職人をしていると云う。
それを幸子が駅の近くに店を構え 売っているのだそうだ。
山の麓で車を降り「積もる話もあるだろう、夕方迎えに来るからゆっくり話でもしておいで」と去って行った。
幸平は眼で淳子を捜したが何処にもいない。
「幸子、淳子は・・・?」
「もう少し上よ」少し歩くと墓地が見えてきた。
「まさか?」
「そう、お母さんは去年亡くなったの、最後まできっとお父さんの帰りを待ってたのよ」
幸平は絶句して何も言えなかった。
後から後から涙が出て止まらなかった。
「お父さんは本当に愛していたのね、悪いと思ったけどお母さんの代わりに読ませて頂いたわ」「だってお父さんの子供は私一人っきりだもんね、再婚の機会もあったんでしょう?」
「いや、全く無かったよ」涙の中で笑いながらそう言ったのである。
「お父さん、これから たまには東京に行ってもいいかなー」
「うんうん、大歓迎だよ、孫も連れてな」
そう幸平は喜んで答えたのだった。
ー追憶 完ー
№ 1
春まだ浅き日、男は山間の東北の無人駅に降り立った。
「昔とあまり変わっちゃいないな」小さく呟きゆっくりと歩き始めた。
そして大して流行っても居ない古ぼけた旅館の門をくぐった。
来客もそう多くない宿に 突然の予約なしの客である。
身なりも悪くない。
宿の主人は久しぶりの客に喜び 揉み手をして愛想を振りまいたのであった。
「『紅葉の間』は空いているかな」
「ええ、お客様は以前お見えになった事がおありで・・・?」
代替わりした主人はこの男の事を知る由もなかった。
「うん若い頃ちょっとな」
部屋に通された男は懐かしそうに辺りを見渡した。
部屋の調度品は 新しいものに変わってはいたが 窓の外には雪をかぶった栗駒山系が広がって昔の姿そのままであった。
暫くその風景を眺めて何か感慨にふけっている様子だった。
が コートを脱ぎ厚手のセーターに着替え 男は宿の下駄を借り まだ残雪の残る道を川下の方に歩いていった。
男の名は松井幸平、先日まで大手商社に勤め海外生活も長く なかなか来たいと思ってもその機会も無く今日に至ってしまっていたと云う訳だ。
「いやー 昔とちっとも変わっていませんなー」
宿の主人は「この辺は随分過疎化が進み町の人達も年寄りばかりになりましたからね」「若者は皆 東京方面に出て行きますからもう発展する事はありませんよ」
「ところでお客様は何時頃ここにいらっしゃったんで?」
「うん、学生時代にちょっとね」「ところでこの前に駄菓子屋があったはずだが・・・」
「ええ、もう二十年ばかりになりますか、火事を出しましてね 一家離散の憂き目になり何処へ行ったのか・・・」「お客さんは何かゆかりの方ですか・・・?」
男は無言のまま聞いていたが その返事をする事なく部屋に戻ったのである。
実は幸平には若い頃、この温泉町が辛くて甘い青春の地だったのだ。
終戦の混乱期も過ぎ世の中が落ち着きを取り戻した頃、大学生であった幸平は胸を患い転地療養を余儀なくされた。
その二年余りの滞在が彼の人生を大きく変えたのである。
それから四十年、自由の身となった今、どうしても会いたい人が居た。
彼の思い出と共に人生を左右した人に・・・・
だがその人は何処に行ったのか皆目見当がつかない。
幸平は昔の事を知ってる人から捜さなければならなかった。
何しろ半世紀近くも前の事である。
幸いに駅前の みやげ物売り場の老婆が その駄菓子屋の事を覚えていた。
が、火事の後 隣町に移り住んだところまでは判ったがその後の事は知らないと言う。
幸平はタクシーを拾い教えられた住所まで足を伸ばした。
そして町役場に行き現在何処に住んでるかを聞いたのである。
彼の捜している相手とは『和泉淳子』
青春時代燃える様な恋をし、療養中の彼を励まし続けてくれた そして彼が心ならずも裏切った女性であった。
№ 2
日本が高度成長期に入って暫くの後 一流大学に入学し前途洋々の彼を襲った病魔は当時にはまだ不治の病と言われていた結核だった。
彼の父親は手術を選ぶ事無く転地療養の道を選択したのである。
「空気の綺麗な所で長期の療養をすれば必ず治る」と信じて・・・
彼は絶望の淵に立たされていた。
父親の跡を継ぎ 世界に冠たる立派な会社に育てようと夢に描き 当時としては珍しく家庭教師もつけて貰い 幼少の頃から英才教育を受けてきた彼にはこの病気は全てを奪い取るものに感じたのである。
転地先の宿からは何時も栗駒の山々が見えた。
鬱々とした気持ちで外へ出たところ、前の駄菓子屋から勢い良く飛び出して来た少女とぶつかったのである。
「あっ、ごめんねお兄ちゃん」よろける彼にその少女は声を残し何処かへ走り去って行った。
彼は走る事さえ出来ない己に腹を立てたのだった。
それから数日の後、何と無くその駄菓子屋の暖簾をくぐった。
決して高級とはいえない だが珍しいこの土地の菓子が所狭しと雑然と並んでいる。
商売っ気の無さそうな不精髭を生やした親父が奥から出てきた。
と同時に表から「いらっしゃーい」「あっ、この前のお兄ちゃんだ」との声が響いた。
親父は何も言わずに奥に引っ込んでしまった。
「この前はごめんね、前の旅館に泊まっているんでしょう、随分長い様だけど ここ好きなの?」
屈託の無い声でそう聞いてきた。
「うん、特別好きでも無いがまあ悪い所でもないかな」彼は曖昧に答えたのである。
棒飴を二本新聞紙に包み「はい」と渡され「今度この町の綺麗なところ連れて行ってあげるよ」「何時も旅館の中だけではつまんないでしょう」と・・・
半ば強制的に約束させられた彼は「気分転換には丁度良いか・・・」と考えたのだった。
彼女は彼の病気の事などまるで知らない。
何時も明るく天真爛漫な まさに山国の少女だった。
中学を卒業したらその駄菓子屋を継ぐのだと屈託無く話す。
母親は毎日その土地で取れた野菜を背中に背負って 下の街まで行商に行っているのだと・・・
そんな生活の中に幸せを感じて生きているのが彼には不思議に思えたのだった。
彼は貧乏と云う言葉さえ無縁のブルジョアの御曹司であったから。
彼女の足は速い。
病身の彼には付いて行けなかった。
時々立ち止まって「ちょっと待ってくれ」と息を弾ませ言ったものだ。
しかし連れて行かれたところは 川沿いの小鳥が集まる所であったり 丘の上から栗駒の山々が一望に見渡せる所であったり 実に素晴しい自然の風景であった。
そうした自然の中でいろんな話をした。
幸平は治るか治らないか判らない自分の病気の事を話した。
そして「もしかしたら君にも移るかもしれないよ」と・・・
彼女はケラケラ笑ながら「いいよ、そうしたら病気も半分っこになるよ」「そしたら絶対に治るよ」と事も無げに言ったのだった。
なるほど、そうした外出が多くなってから少しずつ身体が楽になってゆく。
旅館の食事も綺麗に平らげる様になった。
そんな時幸平の父親がひょっこりやって来た。
元気になった幸平を見て満足そうに喜んだ。
彼は淳子の事を詳しく話したのである。
ここまで元気になれたのも淳子のお陰であると・・・
だが父親は不快感をあらわにしたのである。
そして「貧乏人と付き合うと自分も貧乏臭くなる、あの娘が例え良い子であってもお前にはふさわしく無いな」と切り捨てる様に言って帰ったのだった。
しかし幸平にはこの山里で心を開いて話せる相手は 淳子を於いて他にはいなかったのである。
そして春が来た。
淳子は卒業して例の駄菓子屋を継いだ。
幸平も又 病気も癒え一緒に歩き回るのに苦痛を感じなくなった。
その頃になると話題も変わってきていた。
お互いの将来を語り合い少しずつではあるが 相手を異性として感じる様になって行ったのである。
しかしまだ幼い恋心ではあったが・・・
確実にその愛は育っていった。
だが現実は残酷である。
「もう大丈夫だろう」
父親の一言で東京に戻る事になった幸平は「必ず迎えに来るから・・・卒業するまで待ってろよ」と何度も淳子に言い聞かせ列車の人となったのである。
学校に戻った幸平は 夏休み冬休みはおろか事あるごとにこの小さな駅に降り立った。
勿論淳子に会いにである。
唯 手をつないで歩くだけで幸平は幸せを感じていたのである。
この思いは淳子も同じであった。
が、町の人達はそんな二人の純愛を信じてはいなかった。
何時の間にか「あの二人は出来てる」「淳子は遊ばれているんだ」「それも知らないで親も親だ」と噂が勝手に一人歩きして好奇の眼で見られる様になってしまったのである。
両親もその噂に耐え切れずついに交際を禁じたのであった。
幸平も淳子も一生懸命疚しい関係でない事を説明したが無駄な事だった。
田舎の、それも小さな温泉町の事である。
判れと言う方が無理な話である。
そこで彼らは相談して密かに湯沢市で会う事にしたのだった。
彼は真新しいマークⅡに乗り温泉町のはずれで彼女を乗せいろんな所をドライブして廻った。
幸平は密かに彼女との結婚を夢見ていた。
そして淳子にこう言った。
「俺と一緒の道を歩いてくれるか?」
淳子は嬉しかった。
そっとギアーを握る幸平の手に自分の手を乗せ幸せを噛み締めていた。
そして秘密のデートをする様になって二年後の夏、初めてのキッスを交わしたのであった。
唇と唇を合わせるだけで幸せは倍増し天国にでも居る様な気がしたのであった。
それからの幸平はまるで人が代わった様に積極的になって行ったのである。
今までの消極的な性格は消え全てに積極的に行動する様になって行った。
大学での態度も自信に溢れアクティブに変わり同輩達もその変貌ぶりに驚いた位だった。
幼少の頃からひ弱な息子の変わり様に父親も喜んでいた。
が その原因が淳子の支え在ってこそとは知る由も無かったのだ。
「良い跡継ぎが出来たわい」
父親は自分の後継者に多いに満足していた。
それから暫くして二人は結ばれた。
ドライブの途中、ふとしたきっかけで国道筋から離れて走った先にモーテルの看板が眼に付いたのだった。
彼は了解を取るべきかどうか一瞬迷ったが 黙って微笑む彼女に聞くのも恥ずかしかったのである。
車は滑る様に暖簾をくぐって駐車場に入った。
彼も彼女も始めての経験だった。
二人は上気した顔で肩を寄せ合い恥ずかしそうに入って行ったのだった。
少しの間おずおずとしていた彼女は大きなベッドに驚きその上でトランボリンに乗る様に跳ね回ったのである。
幸平はテレビのスイッチをひねった。
すると思わぬ画面が飛び出してきたのだ。
話には聞いていたが【男女が絡み合っている】驚いてスイッチを切ったのである。
暫くはこの異次元の部屋の探検をした。
何しろ二人ともこんな場所は初めて入る全く知らない別世界である。
風呂は泡立ちお湯が踊っている、ベッドは回転し ライトが赤、ピンク、紫と代わる。
何もかも珍しい事ばかりであった。
そうした時、幸平は今まで感じた事の無い異常な興奮に見舞われていた。
№ 3
それはこの部屋に入った時から予感はしていたが、現実に彼女と一緒に居る事で理性は吹っ飛んでしまっていた。
ましてや若い雌鹿の様な野性的な彼女の肢体を見る事も始めての事・・・
しかし彼には大きな悩みがあった。
時々夜中にパンツを濡らす、それもヌルッとした気持ちの悪い液体(夢精)をであった。
彼は病気ではないかと悩み苦しんでいたのだ。
恥ずかしくて両親はおろか弟にも友人にも言えなかった。
病院で診て貰おうとも思ったがそれも出来なかったのである。
キャンバスでは友人達が「あの女はどう この子はどうかな」等と話をしていたが彼は決してそうした話の輪に入って行かなかった。
何時も経営学の本を読み横目でそれを見ているに過ぎなかったのである。
だからそれが健康な男の自然な事だとは解っていなかったのだった。
しかし一緒に風呂に入ろうとした時その病気が始まってしまったのである。
慌てて股間を洗い 見られる事無く湯船につかった訳であるが若い彼はすぐ正常に戻っていたのだった。
「優しくしてね」恥ずかしそうに言う彼女の言葉も上の空で聞き 夢中で彼女にしがみ付いていった。
そして幸平は『おとこ』になり淳子は『おんな』になったのである。
シーツに付いた血を見ながら彼女は うっすらと涙を浮かべていた。
しかしこのセックスは淳子にとって決して気持ちの良いものではなかった。
唯 痛さだけが先走り本当の喜びを知るのはまだ先の事ではあったが、結ばれたと云う喜こびと充実感は彼女の全身と心に満ち溢れ ふらつく足には羽が生えた様に思えたのであった。
胸から腰にかけて幾つものキッスマークに「恥ずかしい」と潤んだ瞳で答えたのだった。
それからのデートは二人にとって より深い愛をはぐくむものとなって行ったのである。
幸平は卒業と同時に父親の会社で働く様になった。
彼は何時父親に淳子の事を話そうか機会を伺っていたがなかなか切り出す事が出来ないでいた。
淳子も又彼を信じてその日を待っていたのである。
そうした時、淳子は妊娠した。
意を決して彼は父親に「どうしても彼女と一緒に暮らしたいんだ」と必死に説得した。
激怒した父親は密かに彼女の家を訪ね両親と話し合いを持ったのだった。
もう七ヶ月になっていた彼女は堕ろす機会を失って 生むより道は残されていなかったのである。
両親との会談は彼女には知らされていなかった。
幸平は結婚はおろか 子供の認知さえ許されなかったのである。
「きっと解って貰える日が来る、待っていてくれ」
そう手紙に認めて送った。
しかし幸平に待っていたのは同じ系列会社の社長の娘との縁談であった。
政略結婚である。
今の時代では考えられないがその時代 父親の権力は絶対のものであったのだ。
断る事は出来なかった。
幸平は密かに病院に行き婚約成立後『パイプカット』を行ったのである。
「自分の愛した女性は唯一人、淳子であり幸せを願い付けられた我が子『幸子』の為に もう子供は作るまい」
決意の表れであった。
そして淳子との交信も途絶えたのである。
一方淳子は「父親の判らぬ子を産んだ」と町で噂の種となり肩身の狭い生活を余儀なくされていた。
だが父も母も何も言わない。
母親は行商を止め比較的裕福な暮らしに変わっていた。
幸子が小学校に入学する頃 親友の父親から「お前の両親は松井商事の社長から幾ら貰ったんだ」と聞かれた。
愕然とした彼女は両親を問い詰めた。
案の定、この町でちょっとした豪邸が建つ程の金を受け取り彼女には何も知らされていなかったのである。
絶望のあまり家を飛び出しこの町を捨てたのであった。
そして岩手県久慈市の旅館で働きながら幸子と共にひっそりと暮らし始めたのである
№ 4
幸平は、愛の無い生活の中で 唯仕事のみに生き甲斐を見出そうとしてた。
だがしかし何時まで経っても子供が出来ない。
両親も妻の親たちも 顔を合わせるごとに子供が出来ない事を攻めた。
毎日が砂を噛む様な生活が続いたのである。
幸平はついに切れた。
「当たり前だ、私は愛した人の子しか作らない」「その子は今頃 もう中学生になっているだろう」
妻は怒りを露にして去っていった、可哀想だとは思ったが妻にも結婚前から好きな人が居た・・・と云うより現在も続いて付き合っている事を彼は知っていたのだ。
両親と会社への反逆でもあった。
そして大手の商事会社に就職したのである。
仕事に関しては非常に有能な彼は瞬く間に頭角を現し 海外の支店を次々と拡張していったのであった。
休む間も無く働き続けた・・・
これは余談ではあるがアフリカに企業開拓に行った時の事である。
社員が「ここでは何も売れませんよ、裸で歩き裸足で歩いている、靴もシャツも電化製品も縁の無い生活してるんですから」と・・・
幸平は一括した「だから市場は無限なんだ、彼らに靴を履かせシャツを着せ文化的な生活の便利さを教えてやれ!」と・・・・
どんな所でも無限の市場なんだと陣頭に立って市場開拓をした。
会社は大きく世界に羽ばたいて日本でも有数の優良企業にのし上がったのである。
彼も世界各地での支社長を歴任し、何れは東京本社の社長になる男と誰もが思っていた。
だが彼は全てを捨て退職したのである。
そして還暦を迎えたのである。
いろいろな会社からヘッドハンティングに来た。
又会社も彼の引き止めに必死だった・・・が・・・
「大きな落し物をしたんだよ、それをどうしても捜したいんだ」と断って退職したのだった。
どうしてあの時 今の勇気が出せなかったんだろう。
後悔と無力感が何時も付いて廻って彼を苛んだのであった。
そして淳子の歩いた道程を片っ端から調べて行ったのであった。
「すみません、此方に和泉さんと云う方はいらっしゃるでしょうか」
久慈の『琥珀店』で幸平は尋ねた。
「はい、私が和泉ですけど・・・何か?」
面差しが何処か似ている・・・
幸平は確信した。
「幸子・・・さんですか、お母さんの淳子さんにお会いしたいのですが」
「どなた様でしょうか、母の名をご存知の方とは・・・」
そして はっとした様な顔をして「母は今おりませんが何かご用で」と険しい顔で答えたのであった。
「あー やっぱり幸子か、立派な店をやってるじゃないか、で お母さんは?」
「何処のどなた様か知りませんが呼び捨てにされる謂れはありません」「お帰りください」
冷たく追い返されたのであった。
光るものが頬をつたって流れた。
幸子も店の戸を閉めるなり柱にもたれて嗚咽したのであった。
会いたかった、父がすぐ近くに居る。
が 今までほって置いた恨めしさ 憎さもある。
名刺と宿の名を書いた紙切れを見つめながら泣き続けた。
悄然と帰った幸平は 宿の便箋を借り淳子に宛て、今までの無礼を詫びると共に自分の歩んで来た道を詳しく書いたのである。
彼は一日中部屋の窓から見下ろす久慈の街を見詰めていた。
何としてでも淳子に会いたい。
そして幸子にも・・・
例え嫌われてもいい・・・一度でいいから「お父さん」と呼んで欲しかったのである。
夕方になり手荷物を整理して翌朝の出立を考えていた時 宿の女将が「和泉さんと言う方がいらっしゃっていますけどお会いになりますか」と・・・
階段を降りるのももどかしく駆け下り玄関のロビーに向かったのである。
そこには一昨日会った幸子が背中越しにソファーに身体を小さくして座っていた。
淳子では無かったのである。
失望した彼は「あなたでしたか、一昨日は失礼しました」と答えるに留まった。
「お父さん・・・」振り向いた彼女の眼には一杯涙を湛えていた。
「先日はごめんなさい、あまり突然の事で何を言っていいか判らなくて」「明日一緒にお母さんに会いに行ってくれますか?」
「いや、私こそ、いきなり驚かせて済まなかった」「お母さん いや淳子は病気なのか?」「それとも何か来られない訳でも有るの・・・?」
「明日来て頂ければ判ります」と一冊の分厚いファイルブックを手渡したのであった。
幸平も昨夜認めた手紙を「これを淳子に・・・」と手渡したのであったのだ。
その夜は興奮のあまり一睡も出来なかった。
ファイルを一枚一枚めくってゆく、そこには幸平が海外で活躍してた頃の新聞の切り抜き、経済界の雑誌に載った記事、写真などがびっしり貼ってあった。
所々に「愛するあなた、頑張ってね」「今何処で活躍してるのかなー」等と書かれていた。
そして終わりには「わたしの幸平、いついつまでも待ってるよ」と・・・・
彼は胸が熱くなりファイルに顔を埋めて泣き続けたのであった。
翌朝幸子はワゴン車で迎えに来た。
運転は幸子の夫の雅比呂が、その隣には幸平の孫の(久蔵)が そして幸子の膝の上には赤ちゃんの(翔子)が・・・
車は栗駒山系の麓に向かっていた。
紅葉の先に栗駒山系が新雪を頂いて美しく輝いていた。
幸子は「ほら、あなたたちのお爺ちゃんだよ」と先日までの硬い表情とは打って変わって笑顔を湛えてはしゃいでいたのである。
「やっと念願のお父さんに会えたな」運転席から雅比呂の声がした。
彼はこの街 久慈市で琥珀の加工職人をしていると云う。
それを幸子が駅の近くに店を構え 売っているのだそうだ。
山の麓で車を降り「積もる話もあるだろう、夕方迎えに来るからゆっくり話でもしておいで」と去って行った。
幸平は眼で淳子を捜したが何処にもいない。
「幸子、淳子は・・・?」
「もう少し上よ」少し歩くと墓地が見えてきた。
「まさか?」
「そう、お母さんは去年亡くなったの、最後まできっとお父さんの帰りを待ってたのよ」
幸平は絶句して何も言えなかった。
後から後から涙が出て止まらなかった。
「お父さんは本当に愛していたのね、悪いと思ったけどお母さんの代わりに読ませて頂いたわ」「だってお父さんの子供は私一人っきりだもんね、再婚の機会もあったんでしょう?」
「いや、全く無かったよ」涙の中で笑いながらそう言ったのである。
「お父さん、これから たまには東京に行ってもいいかなー」
「うんうん、大歓迎だよ、孫も連れてな」
そう幸平は喜んで答えたのだった。
ー追憶 完ー
| 19:11
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