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『幕末異聞』

「№ 5」  
こうした中で長州軍と幕府とが激突していた。
薩摩は「今幕府を敵に回すのは得策ではない」と判断して幕府軍側についたのだった。
長州軍は惨敗した。
長州は裏切り者薩摩との同盟関係などあり得ないとの考えで一致したのである。
松蔭門下の高杉晋作はかってない奇策を考え付いた。
農民にも銃を持たせたらどうか、刀では幕府軍とは闘えない。
だが銃であれば誰でも訓練すればすぐ戦力になる。
その名も『奇兵隊』
最初は皆笑ったが「これからの時代は刀ではなく銃だ」との信念で説いて廻る晋作の熱意と奇兵隊の機動力に感心して長州藩独自で幕府を倒す可能性を模索しだした。

相変わらず京の都では殺戮の嵐が吹き荒れていた。
伊蔵も又その渦中にあり 命の保障は何処にも無かったのである。
唯 その中にも安らぐ所があるのが救いだった。
お葉の家に行けば何がしかの情報も得られたし行き場のないエネルギーを爆発させる事も出来た。
家では何時もお夕が待っている。
又 時にはお定が割り込んで来る。
だが少々煩わしくも感じていたのであるが、兎も角もてない男に取っては羨ましい話である。
その意味では非常に果報者で有るにはあったが・・・

近藤は西国大名のところによく行っていた。
幕府の立て直しには離反するものが居ては都合が悪い。
そして新撰組も大幅な改革を余儀なくされていた。
脱走する者も居た、全て処断した。
又 盗み、金銭着服、その罰は死を持って償わせたのである。
新しい組員も雇い入れた。
その教育は土方が主に受け持った。
大所帯になると何かと苦労がつき物の様である。

江戸では・・・すでに勝海舟は幕府の滅亡を予見してた。
どうやってこの戦いを終結させるか・・・
徳川家を存続させる為に密かに西郷、坂本と相談してた節がある。
知らぬは京で暗闘を繰り返している佐幕派、尊皇攘夷派達であったのだ。
近々近藤以下数名が幕臣に取り立てられるとの噂が流れていた。
新撰組の連中は又それで勢い付いているのだった。
功名争いの為に余計 斬らねばならぬ相手でも無い者まで斬る。
町の人々は今までと違う反応を見せ始めていた。
いつの間にか新撰組の羽織は恐怖の的となってしまっていたのだった。

ある夕方 ひょんな事から祇園の芸姑、志穂と知り合った。
桂川の畔で下駄の花緒を切らせて困っているところを助けてやったのである。
手ぬぐいを裂き挿げ替えてやった訳だが話を聞くとお葉のところで三味線を習っている様子だ。
「うちの店では『いちげん』のお客さんは取らないの」「ほう、では格式があるんだ」
二言三言話しただけであったが何か心に残る娘であった。

お葉の家で寛いで居る時 志穂がやってきた。
驚いた顔に喜びの表情が読み取れる。
伊蔵の眼を見て「あの娘は手を出しては駄目よ、後ろに真木さんが着いているのよ」と・・・
「あの真木和泉か・・・?」にやりと笑って伊蔵はうなずいた。
「あいつも好きだなーあんな若い娘にまで手を出すとは」
お葉は「一緒よ、お夕だって似たり寄ったりでしょう」と笑った。

稽古が終わって志穂が帰った後、例によってお葉はしがみ付いてくる。
「今日は返さないからね、ここ暫くは血生臭い事は無し、ゆっくりして行ってね」と・・・
そうして夕方 お葉は仕事に出掛けて行った。
天井の節の目を数えながら真木和泉の事を考えていた。
何時かは剣を交えて見たい相手だ、どんな剣を使うのか・・・と。
しかしその日はついに来る事無く終わった。
商家に強盗に入り新撰組を脱走したのである。
結果は新撰組の手によって天王山で捕らえられ自刃させられたのであった。
粛清の嵐も容赦なく吹き荒れた。

「№ 6」  
伊蔵は志穂に優しい言葉を掛けてやっていた。
「悲しい時にはうんと泣けばいい、そして忘れる事だよ」
そして「惚れるんなら新撰組も勤皇の志士も駄目だな、普通の男にしておけ」と・・・

この頃では商家の用心棒の仕事も舞い込む様になった。
それだけ治安も悪い、押し込み強盗も多くなっていたのだ。
食い扶持にありつけない浪人もたくさん居たのである。
お夕の所にも三日に一度帰れればよい程仕事はあった。
帰る度に小判が増える。

お夕はそれを縁の下の壷に入れながら伊蔵が何時も無事である事を祈ってた。
ある晩 伊蔵の雇われている店に押し込みが入った。
一早く眼を覚ました伊蔵は主人夫婦を奥の部屋に匿い押し込みの前に立ったのだった。
そして「岡田伊蔵だ!待ってたぞ!」と・・・
強盗団はそれだけで腰を抜かして何も取らず逃げて行ってしまった。
主人は大層喜び多くの金を差し出し労をねぎらったのである。
「強盗ももう来る事もあるまい」伊蔵は『切りもち(金)』ふたつを懐にその店を後にした。
ひとつはお葉に、もうひとつはお夕に持って帰ったのである。

お夕は「伊蔵さん、もう旦那様って呼んでいいかなー・・・?嫌?」って聞いた。
「もうお前の亭主だよ」お夕は喜んだ。
「やっとお母さんも姉さんも手が出せなくなる」と・・・
そして「一生使い切れない位お金あるよ、もう静かに暮らそうよ」と・・・・
伊蔵は「もう暫く好きにさせてくれ、まだやりたい事がある」と答えてごろりと横になった。
伊蔵は時代がどう動くか見届けたかったのだ。
時代の変革の波はヒタヒタと迫っていた。
しかしまだ動乱の都ではそれを感じる者は少なかったのである。
伊蔵は何となく感じていたが薩摩、長州、そして幕府の動き次第でどう転ぶか、嫌な匂いを嗅ぎ取り自分の活躍の場があるかどうか考えていたのだった。

「№ 7」  
元治元年も暮れの押し迫った頃、ある商家『萬勢屋(両替、海産物業)』の主人と初めて祇園を訪れた。
その頃伊蔵は萬勢屋の用心棒をしていたのである。
両替屋の蔵には何時も千両箱が積んであったのだ。
もし押し込み強盗にでも遭えば根こそぎ身代を失う事になる。
それを防ぐには腕に覚えのある剣客を雇う必要があったのだ。

偶然の事である。
座敷に志穂が現れた。
面やつれはしていても伊蔵の顔を見た途端明るい笑顔がこぼれた。
女将に聞くとまだ水揚げされてないとの事である。
萬勢屋主人喜助は「先生お好みの娘がいらっしゃる様で」と笑って言った。
「うん、ちょっと訳ありの娘でな」「いっそ先生が身請けなさったら如何ですか、金は私が用立てましょう」
喜助にとって身代、命を預かる伊蔵への出費は痛くも痒くも無かった。
まして芸姑の一人や二人位安い買い物なのだ。

こうして志穂をお葉のところへ連れて帰った。
「嫌ですよ、伊蔵さんの【いろ】なんか面倒見られませんよ」
「まあ 家が見つかるまでの間だ、置いてやってくれ」
「本当に助平なんだから」とぶつぶつ言いながら面倒を見る事になった。
10日ばかりで家は見つかったが、お葉は面白くない。
「うちに来る回数減らしたら駄目だからね、承知しないよ!」と・・・

新撰組もかなり規律が厳しくなった。
少し前、蛤御門での長州藩との激戦に勝利し、秋には伊東甲子太郎等が入隊し意気軒昂である。
が 又脱落して行く者も多く居た。
彼等に待っていたのは死であったのである。
伊蔵はその厳しさには付いて行けなかった。
つくずく新撰組隊員でなくて良かったと思ったものである。

将来、身の立つ様にしてやらなければと思った伊蔵はお葉を説き伏せ、志穂の稽古事は続けさせてやる事にした。

お葉はまだ伊蔵が志穂に手を出していないのを知り承諾してくれた。
「しっかり監視してやるから」と、わざと手元に置く事にしたのだ。
お葉には「何時かお夕からも取り上げてやる」と、伊蔵への執着心は凄まじいものがあったが、それをおくびにも出さず引き受けたのである。
ま、この時代【浮気は男の甲斐性】妾の一人や二人居る方が男として尊敬される所もあったのだが・・・



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